389 私はまだ彼女を追いかけている

田中安尾は藤原航とここで出会うとは思ってもみなかった。彼は藤原航を睨みつけたが、前回鈴村秀美に懲らしめられたせいか、あえて事を起こすことはなかった。

島田香織は田中安尾から視線を外した。彼女と田中安尾は親しくなく、挨拶を交わすほどの間柄ではなかった。

「島田お嬢様」

突然、優しく温かな声が響いた。

島田香織は小山然が彼女に挨拶をするとは思ってもみなかった。島田家と小山家は単なる取引先の関係で、しかも島田家の業務は全て島田根治が担当しており、島田香織は全く表に出ていなかったのだから。

しかし、同じ社交界の人間として、小山然が先に挨拶してきた以上、島田香織は礼儀正しく微笑んで返した。「小山若様」

小山然は穏やかな笑みを浮かべた。「島田社長がよく島田お嬢様のことをお話しされていましたが、百聞は一見に如かずとはこのことですね。噂や写真以上にお美しい方です」

「ありがとうございます」島田香織は軽く笑いながら言った。彼女は藤原航と話を済ませなければならないことがあり、その場を離れる言い訳を考えていたところ、小山然が続けて言った。

「今日はこうしてお会いできて光栄です。偶然の出会いに勝るものなしと言いますが、島田お嬢様と藤原さんにお茶でもご一緒していただけませんか?」小山然は笑顔で尋ねた。

小山然の隣に立っていた田中安尾は一瞬にして表情を変え、両手を強く握りしめた。彼のプロジェクトが小山然に頼っているからこそ、我慢せざるを得なかった。

島田香織はその場に立ったまま、すぐには返事をせず、横にいる藤原航の方を見た。

藤原航は淡々と答えた。「小山若様のご厚意、ありがたく頂戴いたします」

一行はそのままホテルの個室へと入った。最も不機嫌だったのは間違いなく田中安尾だった。

田中安尾は全力を尽くして小山然と偶然を装って出会おうとしていた。本来なら小山然と親しくなり、藤原家と小山家の協力関係を築いて、会社での自分の評価を上げようと考えていたのだ。

しかし、人の思惑通りにはいかないもので、途中で藤原航と島田香織という天敵に出くわすとは思いもよらなかった。

腹立たしくはあったが、田中安尾には他に手立てがなく、笑顔でスタッフにお茶を注文するしかなかった。

島田香織には小山然の意図が分からなかったが、田中安尾以外の三人はテーブルを囲んで楽しく会話を交わしていた。