431 キスをする

「夕食は食べた?」藤原航は信号待ちの間に尋ねた。

島田香織は黙ったままだった。

藤原航は横目で島田香織を見て、彼女が俯いているのを見て、何か問題があったのかと心配そうに尋ねた。「何かあったの?」

島田香織はまだ一言も発しなかった。

藤原航は島田香織のマンションの前まで車を走らせた。彼は彼女の様子がおかしいと感じ、車から降りて、彼女を部屋の前まで送り、少し躊躇した後、一緒に中に入った。

彼は玄関のドアを閉め、スイッチを入れると、部屋中の明かりが一斉に点いた。

彼は島田香織の真っ赤な目を見て、心配そうな表情で再び尋ねた。「香織、何かあったの?様子がおかしいけど、どこか具合でも悪いの?よかったら、病院に付き添おうか?」

「航、どうして私に教えてくれなかったの?」島田香織は涙目で藤原航を見つめ、声は震えていた。

「俺は...」

「全部思い出したわ!」

島田香織は一歩前に出て、藤原航を玄関脇の下駄箱に追い詰めた。もう後には下がれない。

「思い出したって?」藤原航は目の前の島田香織を見つめ、眉をひそめた。確かに彼女の記憶を完全に封じたはずなのに、どうして思い出せたのか。

島田香織は目の前の藤原航を見つめながら、塞壁城での出来事が脳裏によみがえった。

塞壁城では、多くの人が彼女の命を狙っていた!

もし藤原航が遠くからスナイパーが彼女を狙っているのに気付いて、五発の銃弾から彼女を守ってくれなかったら、彼女はとっくに死んでいただろう。

彼らは彼女を殺すためなら手段を選ばず、人間爆弾、路上での暗殺、交通事故...

彼女が想像もできないような死に方が、相手にはできないことなどなかった。

塞壁城での死との戦いを思い出し、島田香織は感情を抑えきれずに目の前の男を見つめた。

塞壁城で、藤原航は何度も彼女を死神の手から救い出し、そして彼女を救うために自分自身を撃って負傷までした。

彼らの結婚生活の間、祝日になると、彼は時々彼女のところに来て一緒に祝ってくれた。でも祝い終わると、残酷にも彼女の記憶を消してしまった。

藤原航が林杏の靴を履かせた件も、実は林杏が竜組の人間かどうかを確かめるためだった。

彼のしたことは、全て彼女のためだった。

でも彼女は何も知らなかった。彼女の目には藤原航は冷たい石のような、人間的な感情を全く持たない人に映っていた。