工藤みやびはスーツケースを引きずりながらドアを開け、藤崎千颯に続いて階下へ降りた。
階下では、七十歳近い老紳士が藤崎雪哉たちと話をしていた。
「服部さん、お越しいただいた目的は、岡崎さんが途中でお話ししたと思いますが、このプリアンの絵画が本物か贋作かを見ていただきたいのです」
「プリアンの作品?」服部深遠は驚きを隠せなかった。
老眼鏡を取り出して掛けながら、「今どきプリアンの絵なんて、そうそう出てこない。よくもまあ、見つけたもんだ」
「闇オークションで落札したものです」藤崎雪哉はテーブルの上の絵画を指差して、「服部さんはプリアンの絵画の専門家ですから、見ていただきたいのです」
服部深遠はプリアンの絵画と聞いて興奮して立ち上がり、テーブルに近づいて一目見るなり、顔を曇らせた。
「どうですか、本物でしょう?」藤崎千颯は待ちきれずに近寄って尋ねた。
服部深遠先生は眼鏡を外し、不機嫌そうな表情で藤崎千颯たちを見た。
「……君たち、わしをからかいに来たのか?」
藤崎雪哉は鋭い目を細めて、「服部さんの言う意味は、この絵は...…贋作だということですか?」
藤崎千颯は信じられず、絵の前に寄って見て、服部深遠を引き止めて言った。
「服部さん、もう一度よく見てください。虫眼鏡をお持ちしましょうか。この絵は数億円で落札したものですから、偽物のはずがありません」
「数億円?」服部深遠はもう一度見ようともせず、まるでその絵を見るのも目障りであるかのように。
「そんな金を出して、よくもまあこんな出来の悪い贋作を……脳みそが腐ってるとしか思えんな」
丸山みやこは藤崎雪哉を見て、少し動揺した様子だった。
「服部さん、もう一度よく見てください。たった一目見ただけで贋作だと言うのは、いくらなんでも……」
この絵は彼女が仲介して落札したものだったので、偽物だと判明すれば責任を負わなければならない。
まさか、荒木雅のミスを追及するどころか、逆に彼女の株を上げる羽目になるなんて。
服部深遠は苛立たしげにため息をつき、手を振って言った。
「細かく見るまでもない。プリアンの作品は何十点と見てきた。偽物かどうかなんて、一目で分かるさ」
「それに、この絵の本物は、ある絵画仲間が最も愛蔵している作品で、わしはその方の家で見たことがある。決して金に困っている家庭ではないので、絵を売るはずがない」
彼はプリアンの作品を愛していたため、このような贋作を見て、すぐに不機嫌になった。
藤崎千颯は本物だと鑑定されるのを心待ちにしていた。工藤みやびを思いっきり責め立てるつもりで、反論の言葉を胸に溜め込んでいたのに……
しかし今や、絵が偽物だと判明し、全てを飲み込まざるを得なくなった。
そして数億円で偽物の絵を買い戻した丸山みやこは、今や非を認め、もう一言も言えなくなった。
藤崎雪哉は階下に降りてきた工藤みやびを見上げ、その眼差しは測り難いものだった。
「みやび、どうやってこの絵が偽物だと見抜いたの?」藤崎お婆様は不思議そうに尋ねた。
彼女は工藤みやびが絵画を学んでいないことを知っていた。この模写作品がオークションに出品されるということは、既に多くの人を騙してきたはずなのに、どうして一目で偽物だと見抜けたのだろうか。
「母は昔から油絵が好きで、よく私を海外の展覧会に連れて行ってくれました。プリアンの他の作品を見たことがあって、違いに気づいたので、偽物だと思いました」工藤みやびは簡単に説明した。
実際には、この「バラ」の真作は八年前に既に工藤家が秘密裏に購入しており、ずっと工藤家の応接間に飾られていた。
工藤お母さんはプリアンの絵画を非常に愛していて、家には彼の作品のほとんどが収集されていた。服部深遠もその縁で工藤家に招かれ、この絵の真作を実際に見たことがあった。