石橋林人が追いかけてきて、自分のスカーフを取り戻そうとしたが、工藤みやびがオーディションルームに入るのを見た。
しかも、スカーフで顔を覆い、目だけを出していた。
その瞬間、彼は血圧が急上昇するほど怒った。
キャスティングディレクターと制作ディレクターは、顔を覆って入ってきたオーディション参加者を見て顔を見合わせた。この人は冗談で来たのだろうか?
総監督の安藤泰は表情を変えず、オーディション参加者が位置につくのを見てから、厳しい顔で言った。
「始めなさい。」
今回のオーディションはその場で撮影が行われた。小倉穂の役は多くの場面で仮面をつけているため、感情を表現できるのは彼女の目だけだった。
クローズアップ撮影でのみ、彼らは俳優の目の演技を見ることができる。
このオーディション参加者は、意外なことに本当に顔を覆ってオーディションに来た。
工藤みやびは小道具棚から剣を取り、目を閉じて深く息を吸い込んだ。
再び目を開くと、その瞳は冷たさに満ちていた。
そして、剣を振り回し、切り刻み、突き刺す動作の一つ一つが鋭く的確だった。
明らかに彼女一人が空気に向かって演じているだけなのに、まるで本当に無情な殺戮を行っているかのようだった。
目の表情から動作まで、すべてが背筋が凍るような殺気を帯びていた。
突然、彼女が剣を振り下ろしたが、何かに遮られたかのように空中で止まった。
これは主人公の男性が現れ、彼女の一撃を防ぎ、彼女の手から女性主人公を救ったシーンだった。
工藤みやびの剣を握る手がわずかに震え、澄んだ目の瞳孔がわずかに縮み、驚きと抑えきれない喜びが目の奥で交錯した……
彼女は口を開き、このシーンで唯一のセリフを言った。
冷たい声で、わずかな震えと詰まりを含んでいた。
「あなたは彼女を救うの?」
……
ずっと厳しい表情をしていた総監督の安藤泰は珍しく驚きと喜びの笑みを浮かべ、まるで宝物を発掘したかのように興奮していた。
制作ディレクターは最初、キャスティングディレクターからこれが最近ネット上で話題のブラックスワンだと聞いて、内心では軽蔑していた。
しかし、彼女が一瞬で役に入り演技を始めると、彼は目を見開いたまま視線を外すことができなくなった。
アクションシーンは鮮やかで的確で、幕府の密偵の冷血さと残忍さを見事に表現していた。