指輪が星淵の結界に触れた瞬間、青銅の輝きが十二次元宇宙図を迸らせた。虚空に浮かぶ機械鯨の屍骸──恒星系を超える巨体に刻まれた料理法典、量子血が真空中で暗紅色の琥珀となる。
「灰雀の星間掃除屋だ」キツネ座の残滓が警告する。林風が鯨屍に触れると、腹部からブラックホール物質の触手が襲う。防護服のナノ繊維が蜂の巣状に溶解し、金穂霊の甘い腥気が骨髄に染み込む。
切断された触手の噴血から浮かんだホログラム──長江がとろみ汁に、エベレストがサーモンの切り身に。紫禁城の頂で、自身のクローンが青銅鼎を地核に突き刺す。
特殊な鯨屍を発見する。脊椎が粒子加速器に改造され、青銅鼎の破片が刺さっていた。引き抜いた刹那、十二万光年に及ぶ生体聖殿が出現。墓石の床には「オリオン腕・太陽系第三惑星:良質タンパク源、弱火推奨」との碑文。
暗黒物質の雨が降り注ぎ、時淵観測者たちが誕生する。掌の鼎に囚われた恒星、背骨から伸びるデータケーブル。首領の胸から現れた調理星図では、魔法宇宙が生きたオーブンに改造されつつあった。
鼎の破片で星図を斬りつけると、量子血が戦闘指令に凝固。キツネ座の残影が観測者の金属皮膚を引き裂く:「朕の下僕に手を出すな!」奪い取った暗黒物質の心臓から、自ら子民を食材に変えた調理師たちの記憶が流出。
記憶の渦で目撃したのは、人間の脊椎から麦穂が生え、赤子の泣き声がタイマーに変わる光景。観測者たちの自爆後、反物質グリルや量子ミンチマシンが襲来する。
屍の回廊を抜け、聖殿中枢に到達。文明の火種を嵌めた玉座領域で七重の試練が降りかかる:
味覚刑では三百万文明の灰の香りが舌を焼き、触覚地獄では大陸分裂の振動が苦い溶岩味に変換される。視覚灼熱では父の寄生プロセスが網膜に焼き付けられ、量子の血涙が流れた。
最終試練で突きつけられた選択──キツネ座の量子痕跡と引き換えに諸天を焼く力。しかし青銅指輪が創世の光を放ち、炎の中で九本の尾が銀河級包丁と化す:「朕の命に値段などつけられん!」
玉座崩壊の衝撃で観測者たちが原始火種に還元される。地球Ⅱでは、少年の瞳の複眼模様が消えつつある。銀河中心のブラックホールは永遠の星炬となり、十万の純粋宇宙胚胎が眠る。
「終わったか?」指輪を撫でると血文字が浮かぶ:「くじら座γ星雲、座標解放…」
その星域で目撃したのは、銀河を跨ぐ青銅燃料パイプを背負った機械鯨の大群。暗黒物質星雲が開いた瞳の虹彩には、全ての吞噬されたレシピが流れていた。
「灰雀などではなかった」キツネ座の毛が逆立つ。「万物を料理する淵墟(えんきょ)の眼だ」
次元を超える囁きが林風の神殺し遺伝子を沸騰させる。視界に映った真実──灰雀は単なる調理器具に過ぎず、真の食客が高次元で目覚めつつある。
「新しい缶詰の準備はできたか?」三本の尾が次元の裂け目を引き裂く。「今度の客は……想像を超えた存在だ」
地球Ⅱで少年が左目を押さえる。指の隙間から、淵墟の眼の紋様が滲み出ていた。