久しぶり!

神崎弥香は瞬時に眠気が吹き飛び、ベッドから飛び起きて焦りながら尋ねた。「何かあったの?どこを怪我したの?深刻な傷だったの?」

「怪我したのは彼じゃないわ。とにかく、来てから話すわ」

神崎弥香は弟のことを考えると、怒りと苛立ちを感じた。父親が亡くなってから、彼の尻拭いを何度したかわからない。

彼女はこれ以上時間を無駄にせず、簡単に身支度を整え、服を着替えてタクシーで病院へ向かった。

入院病棟に着くと、廊下で落ち込んで座り込んでいる藤上宇一の姿が目に入った。そばには同世代らしき少年が彼の肩に手を載せ、優しく慰めている。

少し離れたところには四十歳くらいの男性が二人座っており、おそらく事件の相手方だろう。見るからに不良っぽく、ヤクザのような雰囲気を漂わせていた。

神崎弥香は眉をひそめ、藤上宇一の前まで早足で歩み寄り、急いで問いただした。「何をしたの?」

藤上宇一はこの声を聞いて突然顔を上げた。神崎弥香を見て、驚いた表情を浮かべた。「姉さん、なんで来たの?誰から聞いたの?僕は電話してないよ」

神崎弥香は彼の目の端が腫れて青くなっているのと、唇の端が少し切れているのを見て、厳しい表情で尋ねた。「今度はなんで喧嘩したの?」

「姉さん、今回は本当に僕が悪くないんだ。僕が信用できないなら、勝也くんに聞いてみて。昨夜僕たちがバーで飲んでたら、あいつらが絡んできて喧嘩を仕掛けてきたんだ。先に手を出したのもあいつらで、追い詰められてナイフで刺してしまったんだ」

隣の少年も頷きながら同意した。「お姉さん、宇一さんの言う通りです。これは明らかに向こうが喧嘩を売ってきたんです」

「ナイフで刺したの?」神崎弥香は眉間にしわを寄せ、表情が重くなった。

藤上宇一は自分が大変なことをしでかしたことを知っており、うつむいて小声で弁解した。「医者は急所は外れてるって言ってたから、大丈夫なはずだよ。それに向こうが先に仕掛けてきたんだから、僕のせいじゃない」

その二人の男が神崎弥香たちの方へ歩み寄ってきた。先頭を歩く太めの男は目に鋭い光を宿し、藤上宇一を指差しながら怒鳴った。

「おい小僧、人を刺しておいて開き直るつもりか!警察が来たら殺人未遂で訴えてやるぞ。刑務所に入ってからも強がれるかな」

藤上宇一は臆することなく男の目を見返し、正々堂々と答えた。「そっちが先に絡んできて喧嘩を仕掛けたんでしょう。あんたたちが先に手を出したんだから、僕は正当防衛です。警察が来ても怖くありません」

「ふん!正当防衛だと?証拠あるのか?俺の仲間はベッドに寝かされてるんだぞ、これが証拠だ。お前の様子を見るにまだ学生だろう?退学処分を覚悟しておけよ」

藤上宇一はその言葉を聞いて、顔を引き締めながら不服そうに言い返した。「退学なら退学でいい。大したことじゃない」

神崎弥香は事態がこれ以上悪化するのを防ぐため、藤上宇一を後ろに引っ張り、二人の男に向かって笑顔を見せた。「お二人さん、私は彼の姉です。うちの弟が若すぎて、分別がないもので申し訳ありません。少しお話させていただけませんか」

藤上宇一は何か言いかけたが、神崎弥香の視線で制止され、口をとがらせたまま黙り込んだ。

神崎弥香は二人の男を階段の角に案内し、要点を切り出した。「お二人とも物分かりのよい方に見えますので、率直に申し上げます。弟のことに関して、どうかご容赦いただけないでしょうか。ご要望があれば、私の出来る限りのことはさせていただきます」

太めの男は軽蔑したような表情で口角を歪めた。「お前らは金持ちみたいだが、貧乏人を見くびるなよ。金なんかいらねえ。俺の仲間ためにも、警察に正義を貫かせるぞ」

「誤解なさらないでください。弟の償いのために誠意を示したいだけなんです。どうかお怒りを鎮めていただいて、話し合いで解決できればと思います」神崎弥香は笑顔を保ちながら、優しく説明した。

男は冷ややかに笑った。「お前とは話すことなんかない。警察の処理を待つだけだ!」

神崎弥香は今回は手ごわい相手だと悟り、深刻な声で言った。「私は弟の性格を知っています。彼は嘘をつきません。実際どうだったのか、防犯カメラを見れば分かることです。そうなれば、あなたたちにとっても得策ではないかもしれません」

「喧嘩両成敗だとしても、被害者は俺たちだ。お前の弟がナイフで刺したとなれば、話は別だ」

男は唇の端に皮肉な笑みを浮かべ、冷たい声で付け加えた。「お前の弟みたいな若造は、こういう教訓も必要なんだ。もう無駄な話はやめろ」

太めの男の態度は強硬で、神崎弥香はこれ以上話しても無駄だと悟り、諦めた。

警察が来てから神崎弥香に告げたところによると、バーの監視カメラは故障しており、さらにバーの客数人が被害者側の証人として名乗り出ていた。藤上宇一側の証人は勝也くん一人だけで、しかも友人関係にあるため、この状況は彼にとって非常に不利だ。

最終的に藤上宇一は警察に連行され、神崎弥香は重い心持ちで入院病棟を出た。病院のロビーに着いたところで、後ろから優しい男性の声が聞こえてきた。

「神崎さん?」

神崎弥香が振り返ると、青い手術着のポケットに両手を入れ、静かに立っている男性の姿が目に入った。

彼は背が高く痩せ型で、目鼻立ちが整っている。薄青い医療用マスクをしていたが、それでも端正な顔立ちが窺えた。

優しく、控えめで、知的な印象を神崎弥香は受けた。どこかで見たことがあるような気がしたが、すぐには思い出せなかった。

男性は神崎弥香にゆっくりと近づき、彼女の美しい瞳に戸惑いの色が浮かぶのを見て、マスクを外した。そして口角に穏やかな笑みを浮かべた。「神崎さん、お久しぶりです」

同時に、神崎弥香の視線は彼の胸元の名札に向けられた。そこには「主任医師・川辺遥真」とはっきりと書かれている。

「川辺さん?本当にお久しぶりです」神崎弥香は唇を緩め、目に喜びの色を浮かべた。

神崎弥香は川辺遥真が帰国したことは知っていたが、これが帰国後初めての再会だ。

前回の対面は五年前、彼女と神崎翔の結婚式の時で、その直後に彼は留学のため海外へ渡った。

以前と比べると、彼の目元から若々しさが消え、全体的に落ち着いた印象に変わっていた。変化が大きすぎて、神崎弥香はほとんど気づかないところだった。

「そうですね、あっという間に五年経ちましたね」

川辺遥真は神崎弥香をじっと見つめた。彼女の体型や容姿は変わっていなかったが、雰囲気は以前とは異なっていた。

以前の彼女は純真で愛らしく、天真爛漫だったが、今は落ち着いた優雅さを漂わせ、眉目の間には大人の魅力が加わっていた。

時は人を変えるものだが、川辺遥真は神崎弥香のこれほどの変化が全て神崎翔によるものだと理解した。

彼は目を伏せ、瞳に疑問の色を浮かべた。「こんな時間に病院に?ご家族の具合でも?」

神崎弥香は気まずそうに首を振り、簡単に状況を説明した。

川辺遥真は少し躊躇してから「神崎さん、西林バーのことですよね?」と尋ねた。

神崎弥香は思わず「ご存知なんですか?」と聞き返した。

川辺遥真は頷き、腕時計を確認してから「西林バーのオーナーとは知り合いなんです。ここで少し待っていてください。電話を一本かけてすぐ戻ります」と答えた。

その言葉を聞いた神崎弥香は希望を見出し、目を輝かせた。

彼女はその場で待っていたが、すぐに川辺遥真が戻ってきた。

彼は既に着替えており、薄手の長めのライトグレーのコートに白いTシャツ、ジーンズ、フラットシューズという出で立ちに変わった。

シンプルな服装だが、優しく柔らかな雰囲気を醸し出していた。

川辺遥真が近づくと、神崎弥香は待ちきれない様子で「どうでしたか?」と尋ねた。

川辺遥真は神崎弥香を見つめ、意味深な口調で答えた。「すみません。この件については僕には力になれそうにありません」

神崎弥香の目が暗くなったが、すぐに気持ちを切り替え、明るい表情に装った。「大丈夫です。その気持ちだけでも嬉しいわ。他の方法を考えてみます」

川辺遥真は喉仏を動かし、数秒の沈黙の後、率直に話した。「西林バーのオーナーは高橋巌という名前で、何度かお会いしたことがあります。彼は神崎さんの友人で、話の様子では、監視カメラの件は神崎さんの指示だったようです」