第356章 彼に恋をさせて、あなただけを愛するほどに

根岸詩音の言葉が落ちると、高橋優奈は彼女を見つめた。「反対しているわけじゃないわ。ただ、どこに行くのかって聞いただけ」

根岸詩音は少し笑った。「綾瀬社長って本当に面白いわね。あなたはどう思う……私たちはどこに行くべき?」

高橋優奈には考えがなく、逆に尋ねた。「私もわからないわ。あなたはどこに行きたいの?」

「上渓坊に行きましょう。でも、とりあえず彼には返事しないで。私たちが着いてから返信すればいいわ。そうしないと、まだ数言葉も交わしていないうちに、綾瀬社長がついてくることになるから」

高橋優奈は疑わしげな表情で根岸詩音を見つめ、不確かに尋ねた。「彼は来るとは言ってないわ。ただどこに行くのか聞いただけよ。返事しないなんて……本当にいいの?」

結局のところ……綾瀬さんは彼女の夫なのだから。

根岸詩音は高橋優奈が何を考えているのか察したようで、少し笑った。「優奈、知っておくべきよ。私があなたを知ったとき、綾瀬社長はまだどこで何をしているかも分からなかったのよ。特に、今あなたは私の車に乗っているんだから、私の言うことを聞くべきよ。場所に着くまで彼に教えないで。それに、綾瀬社長のような男性は、こうやって扱うべきなのよ」

高橋優奈、「……」

彼女は何も言わなかったが、根岸詩音はさらに急かすように尋ねた。「私の言ったこと聞いた?」

高橋優奈は微笑んだ。「わかったわ、わかったわ。あなたの言う通りにするわ」

言葉が落ちた後、彼女は視線を外し、再び携帯電話を開いた。綾瀬さんから送られてきた三文字を見つめた——

【どこで会う?】

うん、上渓坊で会うわ。

でも……返事できないわ。

高橋優奈は携帯を置き、何気なく根岸詩音と会話を始めた。「詩音、私に何か言いたいことがあるの?」

彼女が話すとき、頭を回して根岸詩音を見ていた。

根岸詩音は車を運転しながら、高橋優奈の質問を聞いて、前方を見つめる杏色の瞳に、不明な感情が一瞬過ぎった。

彼女は淡々と一言落とした。「場所に着いてから話しましょう」

「わかったわ」高橋優奈は応じて視線を外した。

車内は一気に静かになった。

高橋優奈が何かを考えていると、突然携帯の着信音が鳴り、元の静けさを破った。

彼女は着信表示を見た——綾瀬さんからだった。