好きです

林知恵は振り返らずに事務室を出た。

宮本家での騒ぎを経て、彼女は折木和秋に対して、用心しなければならないことをよく理解していた。

折木和秋が宮本深に電話して誰かに中傷されたと、泣きながら訴えているのを聞いたとき、折木和秋と深田紅がついに動き出したことを悟った。

深田紅は彼女について多くのことを知っていた。

彼女が書いた日記も含めて。

彼女と宮本深が一夜を共にした後、ネット上にすぐに彼女が媚薬を使って、ベッドに忍び込んだという、彼女の片思いを証明する日記の内容が晒されたが、それもきっと深田紅の仕業だった。

だから彼女はとっくに密かに日記帳を取り替えておいた。

そう考えていると、後ろから誰かが近づいてきたが、よく見ると、深田紅だった。

道中、彼女は言いたげな様子で林知恵を観察していた。

林知恵はむしろとても落ち着いていて、先ほど裏切られた様子はまったく見られなかった。

学生寮の近くまで来ると、深田紅は我慢できなくなった。

彼女は林知恵を引き止め、おどおどと詫びた。「知恵、ごめんなさい。私は家が貧しくて、臆病者だってことは知ってるでしょう。折木和秋のような人には逆らえないの。彼らに脅されたら、言いなりにするしかなかったの」

林知恵は今すぐ深田紅と仲違いするつもりはない。何せよ、まだ深田紅と折木和秋が噛み合うのを見ていなかったからだ。

彼女は少しため息をつき、悲しそうな表情を浮かべた。

「深田、私は本当にあなたを友達だと思っていたのに、さっきはどうしてそんなことができたの?」

「全部あの折木和秋にそう言わせたのよ。そうしないと退学させるって。うちは両親が苦労してやっと私を、大学に行かせてくれたのに、卒業できなかったら、本当に死んでも罪が償えないわ。信じてくれる?」

深田紅は林知恵の手を握り、涙をぽろぽろと流した。

林知恵はそれに合わせて、彼女の涙を拭いてあげた。「深田のことは、もちろん信じるわ。でも今後は気をつけたほうがいいわね」

深田紅は涙を浮かべたまま少し驚いた様子で「何に気をつけるの?」と聞いた。

林知恵は高級車から降りてくる青い服の人影に視線を向け、忠告した。「深田、三男様は和秋のものよ。余計な妄想は控えてね。さっき三男様を見る目は、粘りつくほどだったよ」

「知恵、変なこと言わないで」

下心を言い当てられたため、深田紅の頬は少し赤くなった。

その恥ずかしそうな顔は、すべて折木和秋の目に入った。

林知恵は見なかったふりをして、深田紅を引っ張って寮に入った。

あの高級車の中からも、彼女を見ている視線の存在を、全く気づいていなかった。

……

寮に入るとすぐに、深田紅の携帯が鳴った。

彼女はメッセージを一瞥すると、すぐに携帯を置いた。

「知恵、ちょっと用事があるから先に行くね」

「ええ」

林知恵は深田紅が急いで去っていく姿を見て、折木和秋が彼女を呼び出して問い詰めているのだろうと察した。

部屋に入ると、ルームメイトたちはいないようだ。

林知恵は座ってからまる一コップの水を飲み、宮本深の毒蛇のような冷たい視線を思い出した。

心の奥底にはまだ恐怖があり、呼吸さえも一瞬止まった。まるで目に見えない圧力に押しつぶされ、息ができないようだった。

彼女は今後の自分が、いかなる証拠も残せないことを理解した。

林知恵は立ち上がり、取り替えた日記を持って部屋を出た。ちょうど階段から飛び出してくる深田紅を見かけた。彼女の顔の半分はひどく腫れていた。

女同士の争いが始まったようね。

彼女は深田紅を呼ばず、一人で人気のない小さな林に向かった。

日記帳を開くと、そこには彼女の宮本深への愛が綴られていた。

数ページめくった後、彼女は目を閉じて日記帳を石の山に投げ、火をつけた。

炎はすぐに燃え上がり、微風が吹くと、ページがめくられ、一枚一枚が黒く焼け尽きていった。

まるでかつての日々の密かな恋心が、消え去っていくかのようだった。

灰が炎の中で舞い上がる中、男の高くそびえる姿がゆっくりと歩み寄ってきた。

彼は黙って燃え尽きかけている日記帳を見つめ、その目は夜の闇から漏れる冷たい光のようだった。

彼は林知恵の前に歩み寄り、一歩一歩と迫り、ついに彼女を狭い場所に追い詰めた。

宮本深だった。

彼は長い指で林知恵の髪をかき分け、指の腹で彼女の顔についた黒い灰を拭った。

極めて親密な仕草だったが、彼の目には嘲りの色が浮かんでいた。

「俺のことが好きじゃないと言ったな?ならその日記はどういうことだ?」

「叔父さん、それは誤解よ。これはただの紙屑で、何も証明できないわ」林知恵は無表情で言い、手を伸ばして彼を押しのけようとした。

宮本深は「紙くず」という言葉を聞いて、黒い瞳を細めた。「そうか?」

次の瞬間、林知恵の驚いた目の前で、彼は直接手を火の中に入れ、まだ完全に燃えていない紙の一部を引き出した。

彼はそこに書かれた優美な文字を一瞥し、低い声でその言葉を繰り返した。「好きです、だってな」

宮本深は二本の指で黒く焦げた紙片を挟み、少し怠惰で無関心な様子をしている。その顔の表情は、紙に書かれた情熱的な言葉で何の変化も見せず、冷たく無感情のままだ。

彼はいつも彼女に対してこのように無関心で冷淡だった、それは彼女もよく知っていることだ。

しかし彼の目に浮かぶ嘲笑は、林知恵を窒息するほど硬直させた。

まるで彼女のかつての愛が彼の目には蟻のように卑しく、言及するに値しないもののようだった。

林知恵は肩を少し震わせ、必死に内なる感情を押し殺そうと、冷静に言った。「名前も書いてないし、必ずしもあなただったとは限らないわ。誰でもいいけど、とにかく叔父さんだけはありえないわ」

彼女は手を上げて抵抗しようとしたが、宮本深に手首を捕まれ、彼の前に引き寄せられた。

宮本深はゆっくりと身を乗り出し、冷たく危険な雰囲気が林知恵を包み込んだ。

「じゃ誰だ?林知恵、俺を怒らせておいて、逃げるつもりか?誰も俺の意志を変えることはできないぞ」

林知恵はまた抵抗したが、彼はますます近づいてきた。

そのとき、隣の小道からカップルの会話が聞こえてきた。

「何か焦げた匂いがしない?」

「そうだな、僕は欲情で燃えてるんだ!」

「バカ、冗談は言ってないわ。って…んっ…もう!勝手にちゅうとかしないでよ」

「もう一回キスさせて」

甘く湿った声が断続的に聞こえてきた。

林知恵は頭がしびれ、体が制御できないほど震えた。

それを宮本深に察知されてしまい、彼の美しい顔に一瞬遊び心が浮かび、手は自然と彼女の背中に触れた。

林知恵は一瞬慌てた。「離して」

宮本深は目を深く沈ませた。「もっと大きな声で言ってみろ。見つかってもいいのか?」

林知恵は唇を噛んだ。

しかしそのカップルはやはり何かに気づいたようだ。

「誰かいるのか?いいところを邪魔しやがって!」

足音が聞こえたため、林知恵は緊張して汗が出たが、目の前の男を押しのけることはできなかった。

彼女は声を抑えて、歯を食いしばって言った。「行って」

宮本深は離れるどころか、ますます彼女の体に近づいた。

硬い胸筋が意図的に彼女の体に擦れ、まるで林知恵に火をつけようとしているかのようだった。

最後に、彼の息が彼女の耳元をさまよった。その目は測り知れないほど深く見え、お仕置きするかのように彼女の体を掴み、白昼堂々のため、一つ一つの動作も彼女に恥ずかしい思いをさせた。

「その男は誰だ?言わないと、赤の他人に今のお前の姿を見せてやろうか」

林知恵の顔色が青ざめ、痛みを伴う記憶が刃のように心臓に突き刺さり、彼女の心を麻痺するほど痛めつけた。

彼はいつもこうだった。欲しいものがあれば手段を選ばず、彼女の気持ちなど一切考慮しない。

彼女が苦しみ、痛むのを見ても、彼は冷たく傍観するだけだった。

「で?」彼の声は低く、もう忍耐力が切れたようだ。

カップルの姿が近づいてくるのを見て、林知恵は拳を握りしめて首を振った。

「誰でもないわ」

あのカップルが近づいた瞬間、宮本深は彼女を抱えて木の陰に隠れた。

彼は片手で木を支え、もう片方の手で林知恵の腰を掴み、彼女が動けないようにした。

彼は身をかがめ、林知恵と目を合わせた。

その完璧すぎた身長で、威圧的なオーラが押し寄せてきた。

深い目には危険な光が宿り、人を寄せ付けない雰囲気が満ちていた。

木の陰からカップルの会話が聞こえてきた。

「その木の陰に、誰かいるの?」

「何をこそこそしてるんだ?」

林知恵の心は震え、思わず体を縮めた。

しかし宮本深はゆっくりと彼女に近づいていった。