彼の心には、折木和秋だけ

林知恵の心臓が飛び出しそうになった時、宮本深は顔を離し、木の後ろの若いカップルを見た。

「何か用？」

冷たい声色には苛立ちが満ちていた。

相手は宮本深だと分かると、すぐに恭しく頭を下げた。「申し訳ありません、宮本様、すぐに立ち去ります」

若いカップルは足早に立ち去った。

遠ざかる足音を聞きながら、林知恵はほっと息をついた。

彼女は目の前の宮本深を押しのけようとしたが、手首を掴まれてしまった。

「荷物をまとめろ。田中を駐車場で待たせておいた。彼がお前をアパートまで送る」

相談の余地はなく、その低い声は反論を許さない命令の口調だった。

林知恵は一瞬固まり、長いまつげが数回震えた。彼女は心の動揺を必死に抑えた。

彼の心の中で、彼女は一人の人間ではないようだ。