山田さんは林知恵の顔に複雑な感情を見て取り、宮本深がいるかどうかを気にする余裕もなかった。
林知恵を引っ張って家に入った。
林知恵は星奈に部屋で遊ぶように言い、自分は山田さんにお茶を入れに行った。
家の中の配置は以前と同じだったので、彼女は物を探すのに手間取らなかった。
林知恵はやかんを見つめながら、眉をひそめて言った。「山田さん、もう少し待ってください。すぐにお湯が沸きます。」
山田さんはお茶など気にしておらず、キッチンの入り口に立ったまま急いで口を開いた。
「知恵、私は嘘をついていないわ。信じられないなら、私の家の玄関の監視カメラを確認してもいいわよ。あなたが出て行ってから、一人で住むのが怖くて監視カメラを付けたの。」
「信じていないとは言っていません。」林知恵は唇の端をかすかに動かした。
山田さんは林知恵の無理した表情を見て眉をひそめ、続けた。「知恵、あなたは怖がっているのね?」
「いいえ。」
林知恵は体を横に向け、少し心ここにあらずといった様子でやかんを取ろうとしたが、湯気で火傷しそうになった。
山田さんは急いで彼女の手を引いて冷水で冷やした。
彼女はあきらめたように言った。「あなたはいつもこう、何もかも心の中に抱え込んで、別れる時にどんなに辛くても強がるのね。」
林知恵は指を丸め、うつむいて苦笑いした。
「山田さん、確かに私はとても怖いんです。」
「京渡市に戻ってきてから、その恐怖はより明確になりました。過去の出来事をもう一度経験することが怖いんです。」
港町にいた時は、もう誰も自分を強制できないと安心して自分に言い聞かせることができた。
でも今は、また渦の中に戻ってきたような気がする。
特に宮本当主がまだ密かに宮本深に他の女性を押し付けていると聞いた時。
彼女は自分を過大評価していたことに気づいた。
港町での全てが夢だったかのように感じられた。
林知恵は少し赤くなった手を拭きながら、独り言のように続けた。
「彼の以前の約束は私を騙すためだったのではないかと考えてしまいます。」
「彼が娘を利用して私を脅すのではないかと。」
「また何か避けられない事情が出てきて、私と星奈が同じ轍を踏むことになるのではないかと。」