林知恵は話しながら、すでに宮本深のネクタイを引っ張っていた。
しかし、視線は周囲を窺っていた。
彼女を見つめている人が空気を読んでくれることを願った。
宮本深は軽く彼女を一瞥し、思わず口角が上がった。
片手で車のドアを支え、少し身を屈めた。
「整えるのはいいけど、変なところを触らないで」
その言葉を聞いて、林知恵はネクタイを引っ張っていた自分の手が、いつの間にか彼の襟元に触れていることに気づいた。
彼女はすぐに頭を下げ、彼のネクタイを整えるふりをした。
自分への視線が消えるまで待ち、すぐに手を放した。
「じゃあ、行くね」
ちょうど身を翻そうとしたとき、宮本深は車のドアの陰に隠れて片手で彼女を抱き寄せた。
「利用したら終わり?」
林知恵は彼を押しやった。「ここは公共の場だよ、やめて」
宮本深は目を細めた。「知恵、君の襟元に何かついてるみたいだ。車の中で直した方がいい」
「何…」
林知恵が言葉を終える前に、男に車の中へ押し込まれた。
彼女が再び車のドアを開けたとき、顔全体が赤らんでいた。特に唇は異常なほど赤く潤んでいた。
車内で、宮本深はスーツを整え、ついでに唇の口紅を拭った。
「この前の口紅に変えて。これは美味しくない」
美味しい?
林知恵の顔はさらに赤くなった。彼女はドアを握りしめた。
「前回のは誰が無駄にしたの?」
宮本深の黒く沈んだ瞳がわずかに上がり、その目の奥の波紋はまるで魔力のように、人を釘付けにした。
「知恵、使い切ったのは無駄じゃない」
どう使ったかは二人とも分かっていた。
林知恵は後ずさりし、これ以上彼と話すのをやめた。さもなければ今日は仕事に行けなくなる。
彼女は力強くドアを閉めた。「行くね」
宮本深は窓を下げ、注意を促した。「気をつけて。何かあったら人を呼んで、彼らは近くにいるから」
「うん」
宮本深は去っていった。
林知恵は深呼吸し、振り返ってスタジオへ向かった。
途中で、また誰かに見られているような感覚がよみがえった。
彼女はすぐに振り返ったが、通りは車や人で賑わっており、怪しい人物は見当たらなかった。
緊張していた背筋がようやく緩んだ。
これがすべて幻覚であることを願った。
しかし、知らぬ間に二つの目が彼女を見つめていた。
……
林知恵はオフィスに入った。