壁の向こうにイケメンがいる（6）

　「ぼんやりして何してるの？」涼は突然、燿子の手のひらをぎゅっと握った。彼女はハッと我に返り、反射的に涼の方を振り向いた。その時の彼は、まるで別人のようだった。顔の冷たい表情は穏やかになり、目の中の嫌悪感や軽蔑の色は消え去り、代わりに静かな眼差しを向けていた。彼は優しい声で続けた。「おじいさまに会ったのに、挨拶もしないの？」

　「おじいさま」という言葉を聞いて、燿子はすぐに理解した。

　涼がこのように前後で別人のように振る舞っていたのは、演技をしていたからだ。

　彼女の手を握りながら嫌悪感を顔に浮かべていたのが本当の彼で、今の姿はおじいさまを騙すための偽りの姿にすぎなかった。

　そして彼女は先ほど、彼の突然の親密さに心を乱され、ぼんやりして、動揺していたなんて……

　燿子は心の中の自嘲を必死に押し殺し、彼女がぼんやりしている間に彼女と涼の前に現れた有栖川様に向かって、無理に穏やかな笑顔を浮かべ、素直に口を開いた。「おじいさま、こんにちは」

　有栖川様は涼と燿子を見かけた時から、二人が部屋に入ってからのすべてを見ていた。彼は二人がこのように親密な様子を見て、とても喜び、二人に座るように言いながら、中村おばさんにお茶を入れるよう頼んだ。

　……

　涼と燿子が旧邸に着いてから数分後、中村おばさんが夕食の準備ができたと知らせに来た。

　夕食を済ませた後、二人は有栖川様としばらく話をしてから、旧邸を後にした。

　車が有栖川家の旧邸の門を出るとすぐに、一瞬前まで有栖川様に別れを告げる時には穏やかな表情をしていた涼の顔から、次の瞬間にはあらゆる表情が消えた。有栖川家の旧邸に入る前に意図的に抑えていた冷たさが、彼の全身から一気に溢れ出した。

　彼は凍りついたような顔で、車を乱暴に運転し、燿子が夕方に乗車した小さな路地に近づいた時、突然強くブレーキを踏んだ。タイヤが地面と擦れる耳障りな音とともに、涼は燿子に一瞥もくれず、彼女に向かって手を振り、「出て行け」というジェスチャーをした。

　彼の一連の行動があまりにも突然だったため、燿子は状況についていけず、しばらく彼のジェスチャーの意味を理解できなかった。彼女は黒い大きな目を見開いて、奇妙な表情で彼を見つめた。

　「どうした？まさか、おじいさまの前での俺の態度は、ただの見せかけだってことを知らないとでも言うのか？俺がお前を家まで送るとでも思ったのか？」

　最後の言葉を言う時、涼の口調には皮肉めいた嘲りが含まれていた。

　燿子はすぐに理解した。彼の先ほどのジェスチャーは、彼女に車から降りるよう促していたのだ……

　この考えが燿子の頭の中で完全に定まる前に、涼の声が再び響いた。冷たく鋭い声で。「はっきり言っておくが、考えるだけ無駄だ。あの家はお前が住んでいたせいで、俺がお前を送り届けるどころか、考えるだけで胸が悪くなる！」

　胸が悪くなる……彼女が住んでいた家が気持ち悪いと言っているのか？

　燿子のまつげが少し震え、無意識にバッグの紐をきつく握りしめた。

　彼女は動くことができなかった。動けば、涙がこぼれ落ちてしまうのではないかと恐れていた。だから窓側の手を伸ばして、ドアのハンドルを探り当てようとした。彼女が半分も探り当てられないでいると、隣に座っていた涼は彼女がためらって車から降りようとしないのを見て、すぐに我慢の限界に達した。彼は彼女にもう一言も言わず、車から降り、助手席側に回り、ドアを開けて燿子を車から引きずり出し、横に強く投げ捨てた。そして力強くドアを閉め、大股で車の前を回り、再び車に乗り込み、少しのためらいも停滞もなくアクセルを踏み、走り去った。