常盤燿子がかけたのは本家の電話で、二回も鳴らないうちに誰かが出て、受話器から中村おばさんの声が聞こえてきた。「はい、有栖川邸です。」
常盤燿子はまず中村おばさんに挨拶をしてから、本題に入った。「おじいさまはいらっしゃいますか?」
「ご主人様ですか?いらっしゃいますよ、ちょうど昼寝を終えたところです。お呼びしてきます。」中村おばさんが言うと、電話の向こうから遠ざかる足音が聞こえ、そして常盤燿子はかすかに中村おばさんと有栖川様の会話を耳にした。「奥様からのお電話です。」
しばらくして、有栖川様の声が受話器から聞こえてきた。「沙羅ちゃん。」
常盤燿子は和泉沙羅の身分で一ヶ月以上過ごしているにもかかわらず、誰かが「和泉さん」や「沙羅ちゃん」と呼ぶたびに、それが自分を呼んでいることに気づくのが少し遅れていた。
今回も例外ではなく、有栖川様が「沙羅ちゃん」と呼んでしばらくしてから、ようやく我に返り、慌てて返事をした。「おじいさま。」
そして続けて本題に入った。「おじいさま、さっき涼さんから電話があって、今夜チャリティーパーティーがあるから、一緒に行くようにとおっしゃっていたそうです。」
少し間を置いて、常盤燿子は続けた。「おじいさま、本当に申し訳ありませんが、これからアメリカに飛ぶ飛行機に乗るんです。明日向こうで仕事があるので、今夜のチャリティーパーティーには参加できそうにありません。」
電話の向こうの有栖川様は、しばらく沈黙した後、ようやく口を開いた。「沙羅ちゃん、涼が行かせたくないと言ったのかい?」
「いいえ、おじいさま、本当にたまたまなんです...」常盤燿子は自分の声にできるだけ甘えた調子を混ぜようとした。「それに、仕事のスケジュールはずっと前から決まっていたことですし、おじいさまもニュースでご覧になれますよ。仕事を言い訳にしてもごまかせないですよね。」
有栖川様は常盤燿子の言葉に低く笑った。「仕事があるなら、もちろん仕事を優先すべきだ。ただ、有栖川涼があの子らしくない振る舞いをして、お前たちの間に何か不愉快なことがあったのではないかと心配していたんだよ。」
電話を切ると、常盤燿子は荷物をまとめるために二階に上がった。
彼女は有栖川様に嘘をついたわけではなかった。明後日、アメリカで本当に仕事があったのだ。ただ、飛行機のチケットは明日のものだった。
荷物をまとめ終えると、常盤燿子は和泉沙羅のマネージャーに電話をかけ、飛行機のチケットを今日に変更してもらい、そしてスーツケースを持って階下に降りた。
出かける前に、常盤燿子は執事に有栖川涼に電話をかけるよう頼み、彼女が急な仕事で忙しくなったので、今夜は迎えに来なくていいと伝えるように言った。同時に、おじいさまにはすでに連絡したことも伝えるよう忘れなかった。
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執事から電話がかかってきたとき、有栖川涼は広々とした明るいオフィスで書類に目を通していた。
彼は携帯の画面をちらりとも見ず、片手で流れるように書類にサインをしながら、もう片方の手で画面をスライドさせて電話に出て、耳に当てた。
「有栖川さん、和泉さんからのご依頼で電話しております...」
「和泉さん」という言葉を聞いた瞬間、有栖川涼は少し眉をひそめ、目に明らかな嫌悪感が浮かんだ。不機嫌そうに鼻で「ふん」と言った。
電話の向こうの執事は怯えて手が震え、常盤燿子が出かける前に言いつけた通り、震える声でそのまま伝えた。「...和泉さんが、急な仕事でアメリカに行かなければならないので、今夜のチャリティーパーティーには行けないとのことです。ですので、お迎えに来なくても大丈夫だそうです。」
有栖川涼は書類をめくる動作を一瞬止めた。