後部座席に座っていた有栖川涼は、少し間を置いてから、窓の外から視線を戻した。彼はバックミラー越しに前に座っている運転手の大和くんを一瞥したが、何も言わず、手を伸ばしてポケットからタバコの箱を取り出し、一本を抜いて口に咥え、ライターで火をつけた。
ライターを投げ捨てる際、有栖川涼は右側の車の窓を下げ、窓の外にゆっくりと煙の輪を吐き出しながら、先ほど見ていた方向へ再び視線を向けた。
そこには何もなかった。先ほどそこに停まっていた赤いBMWはすでに走り去っていた。
最初にその車に気づいたのは彼ではなく、運転手の大和くんだった。
数日前に祖父を訪ねた際、書類を旧邸に置き忘れてしまい、今日の午後の会議でちょうどそれが必要だったため、昼休みを利用して大和くんに車で旧邸まで寄るよう頼んだのだ。