第518章 帰期未定の人を待つ（8）

男性が紙の文字に触れた表情は、冷たく少し怖いほどで、室内の雰囲気まで沈んでしまった。

白い紙には、数百字の黒い文字があるだけなのに、彼はたっぷり10分ほど見つめた後、ようやくゆっくりと顔を上げ、常盤燿子に向かって言った。「君は退職届を書いているのか？」

常盤燿子は声を出さなかったが、まぶたを伏せた。

有栖川涼の胸が明らかに激しく上下し始めた。彼は手の中の薄い紙を振り上げ、常盤燿子に何か怒鳴りつけようとしたが、最後には目を閉じ、深く息を吸い込み、口に出かかった言葉を必死に押し殺した。そして手の中の紙をバラバラに引き裂き、隣のゴミ箱に投げ捨てると、「許さない！」と二言だけ言い放ち、大和くんに向かって睨みつけた。常盤燿子が退職届を書いているのを見たときに胸の中で燃え上がった怒りを、一気に彼にぶつけた。「お前は何をしているんだ？俺を見くびっているのか？俺の秘書を辞めさせるのに、なぜ一言も相談しない？」