翌朝、星野夏子が目を覚ますと、隣の男性はもういなかった。布団の下の温もりも冷めていたが、空気の中にはまだかすかに彼の香りが残っていた。
一晩中夢を見ることなく、こんなに熟睡したのはずいぶん久しぶりだった。目覚めると、体が随分軽くなったように感じた。身支度を整えてから、ゆっくりと部屋を出た。
階段口に着くと、大野さんがリビングを片付けているのが見えた。ダイニングテーブルには朝食が用意されており、まだ湯気が立っていた。
星野夏子は無意識にリビング全体を見回したが、藤崎輝の姿は見当たらなかった。その代わり、下で働いている大野さんが鋭い目で星野夏子の姿を見つけた。
「奥様、お目覚めですね!」
大野さんの穏やかな声が聞こえてきた。
星野夏子は軽く頷き、小さな声で「おはようございます」と言った。
そう言いながら、ゆっくりと階段を降りていった。
「奥様、先に朝食をお召し上がりください。さもないと冷めてしまいますよ」
大野さんはテーブルの上の散らかった新聞を片付けると、近づいてきた。「お体の具合はよくなりましたか?旦那様が、朝食の後にお薬を飲むようにとおっしゃっていました。私が今からお薬を持ってきますね」
「彼はどこ?」
星野夏子はしばらく探しても彼の姿が見えなかったので、小さな声で尋ねた。
「旦那様のことですか?」
大野さんは目を細めて星野夏子を見つめ、優しく笑いながら言った。「旦那様は朝早くに出社されました。会社に重要な用事があるようで、真秘書がとても早く来られて、旦那様は朝食もほとんど食べずに出かけられました。ですが、出かける前に奥様に朝食とお薬を忘れずに取らせるようにと言い付けられていました」
会社に行ったのか。
昨晩あんなに遅くまで起きていたのに、朝早くからまた会社へ。彼もまた、彼女に劣らず大変なのだろう。
しばらく考え込んだ後、星野夏子はようやくテーブルに座った。
「そうそう、奥様、旦那様がテーブルに封筒を置いていかれましたよ」
薬を取りに低いテーブルへ向かった大野さんが、突然何かを思い出したように振り返り、星野夏子に言った。