第206章 酸っぱさ（一）

彼女はそう言い捨てると、橋本楓に構わず手すりに沿って先へと歩いていった。

橋本楓は胸が少し詰まる思いがした。ぼんやりとした中で、突然心の底に様々な感情が交錯するのを感じた。それは彼の胸を締め付け、同時に苦しくさせた——

彼は彼女の口調から、彼女が藤崎輝に対して満足しているような様子を微かに感じ取ることができた。それを聞いていると、なぜか彼は抑えきれない不快感を覚えた。

彼はそれ以上追いかけることもせず、ただ彼女の姿が徐々に遠ざかっていくのを見つめていた。

……

片付けがほぼ終わった頃、星野夏子はお腹が空いてきたのを感じた。長い間冷たい風に当たっていたせいで、体中が冷え切っていた。時間を確認すると、すでに午後1時過ぎで、会社に戻らなければならなかった。

急いで車に戻り、少し落ち着いてから、手足の麻痺と冷えが和らいだのを感じてから、やっと車を発進させた。

しかし、あまり進まないうちに、前方の道路の真ん中に停まっている黒いロールスロイスが見えた——橋本楓の車だった！

彼はもうとっくに行ってしまったと思っていたのに。

星野夏子は眉をひそめながらしばらく待ったが、前方の車が動く気配がないので、クラクションを鳴らした……

その音が響くと、前方の車のドアが突然開き、橋本楓が車から降りてきた。先ほど一緒にいた助手の姿は見えなかった。

星野夏子は再びクラクションを鳴らすと、橋本楓はようやく振り返って彼女の方を見た。

彼の表情と動きから、星野夏子は車が故障したのだろうと察した……

携帯の時間表示をもう一度確認し、少し躊躇した後、眉をひそめながら車を降りた。

「エンジンが止まってしまった。もう人を呼んだから、君は……」

橋本楓は彼女が焦っているような様子を見て、そう説明した。

星野夏子は曇った空を見上げた。細かい雨は止むことなく降り続け、さらに強くなる傾向があった。眉をきつく寄せ、自分の車を振り返ってから、不満げに目を伏せ、彼を見ることなく彼の車の運転席に向かって歩いていった。そして直接下に立って何かを操作し、しばらくして冷たい声が聞こえてきた——

「車に工具箱はありますか？」

彼女の質問を聞いて、橋本楓は一瞬驚いた。少し経ってから反応し、「あります！」

そう言うと、トランクに向かい、すぐに工具箱を取り出して彼女に渡した。