星野陽の痩せこけた手は少し震えながら星野山が注いでくれたお茶を受け取り、一口飲んでから、自分の横にある将棋を指さし、藤崎輝を見つめて言った。「一局どうだ?」
藤崎輝は手に持っていた茶碗を置き、静かに頷いた。
星野夏子は星野陽の老いた目に浮かぶ笑みを見ながらも、その中に漂う孤独と寂しさを感じ取った。彼女は息を吸い込むと、二人のために将棋の駒を並べた。星野山も星野陽の隣に座り、二人の対局を見守った。
星野夏子は将棋にあまり詳しくなかったので、当然藤崎輝にアドバイスできるようなことはなかった。しかし向かい側の星野山は明らかに将棋の研究をしていたようで、星野陽の軍師役を務めていた。
一局が終わると、藤崎輝の実力は確かなもので、向かい側の星野陽と星野山を相手に引き分けに持ち込んだ。
「忙しくて帰ってこれなくても構わないよ。私の体調が良くなったら、そちらに会いに行くかもしれないしね」
星野陽はお茶を一口飲み、向かい側の若い夫婦を見て思わず笑いながら言った。
「週末は忙しくないですし、それに母も私たちが帰ってくるのを望んでいます。大切なことは疎かにできませんから」
星野夏子は頭を下げて将棋盤の駒を分けながら、楓の林を通り抜ける涼風のような静かな口調で言った。感情を読み取ることはできなかった。
そして、深田文奈の名前が出ると、星野陽の隣にいた星野山の表情が曇った。彼はふと動きを止め、それからまた手元の作業を続けた。
星野陽はそれを聞いて、少し表情が硬くなり、目に暗い色が浮かび、思わずため息をついた。「お前の母親は大局を見る人だった。星野家が彼女に申し訳ないことをしたんだ...もし早くに分かっていれば...」
星野陽はそこまで言うと、それ以上は続けず、物思いにふけるように息を吸い、手元の茶碗を置いた。
星野陽のこの言葉を聞いて、星野夏子は駒を握る白い手が一瞬止まったが、顔を上げて彼を見ることもなく、淡々と言った。「母は寛大な人です。これまでの年月、あなたたちを恨んだことはありません。平穏に過ごせるなら、それでいいのです。母は静かな生活が好きですから」
「分かっている。お前も心のことで過去にあったことで不愉快な思いをしたんだろう。この何年も家にほとんど帰ってこなかったのは、私たちに対して多少の恨みがあるからだろう...」