星野夏子は、南浦プロジェクトを担当していた田中部長ではなく、斉藤礼が彼女を迎えることになるとは思っていなかった。
彼のオフィスに入った時、星野夏子は心の中で難しい対応を覚悟していたが、予想外にも斉藤礼はあっさりと書類にサインし、出来たばかりの企画書を彼女に渡した。
「要望があるなら、とりあえず修正が必要な箇所に印をつけてください。時間もちょうどいいので、ここで作業を終えてください。今夜は残業させて、明日の午後には必ず届けます。先方の期限に間に合うはずです。」
斉藤礼は数回咳をし、顔色は病的に青白く、喉はかなりかれて乾いていた。この風邪でかなり体調を崩していることが見て取れ、普段の皮肉っぽい様子も見られなかった。
星野夏子はためらった後、書類を受け取り、傍らの梅田さんに手を伸ばすと、梅田さんはすぐに理解してペンを渡した。