第246章 危機(二)

星野夏子は、南浦プロジェクトを担当していた田中部長ではなく、斉藤礼が彼女を迎えることになるとは思っていなかった。

彼のオフィスに入った時、星野夏子は心の中で難しい対応を覚悟していたが、予想外にも斉藤礼はあっさりと書類にサインし、出来たばかりの企画書を彼女に渡した。

「要望があるなら、とりあえず修正が必要な箇所に印をつけてください。時間もちょうどいいので、ここで作業を終えてください。今夜は残業させて、明日の午後には必ず届けます。先方の期限に間に合うはずです。」

斉藤礼は数回咳をし、顔色は病的に青白く、喉はかなりかれて乾いていた。この風邪でかなり体調を崩していることが見て取れ、普段の皮肉っぽい様子も見られなかった。

星野夏子はためらった後、書類を受け取り、傍らの梅田さんに手を伸ばすと、梅田さんはすぐに理解してペンを渡した。

ソファに座り、手元の書類を見ながらペンで修正箇所をマークし、非常に集中して真剣に作業した。

オフィス内は静かで、空気中には微かなコロンの香りが漂い、耳元では窓のカーテンがそよぐ「サラサラ」という音が聞こえ、時折、斉藤礼の咳込む声も聞こえてきて、何となく抑圧感があった。

星野夏子はあまり気にせず、頭を下げたまま黙々と書類に目を通し、傍らの梅田さんもデータの整理を手伝っていた。

どれくらい時間が経ったか分からないが、星野夏子が肩の痛みとしびれを感じるころには、ようやく分厚い書類への作業を終えた。彼女は痛む肩をさすりながら、梅田さんの方を見ると、梅田さんはすぐに整理した書類を渡し、手際よくビジネスバッグを片付けた。

「終わりました、監督。あら、もう6時過ぎ!こんなに遅くなってしまいました!」

梅田さんは腕時計を見ながら驚きの声を上げた。

星野夏子も思わず眉間に手を当ててさすりながら、「2時間以上座りっぱなしで腰も背中も痛い。片付けて、帰りましょう」と言った。

そう言いながら、ゆっくりと立ち上がり、手元の書類を再度確認しながら斉藤礼のデスクに向かった。

近づくと、ソファに背を向けていた斉藤礼の顔色が赤みを帯びながらも青白く、呼吸は重く、眉をきつく寄せており、かなり具合が悪そうだった。

星野夏子は眉をひそめ、しばらく黙った後、「斉藤副社長、資料に印をつけ終わりました」と呼びかけた。