犬に噛まれたと思えばいい

結婚してたった一日で、彼の酷さはこれほどとは。これからの人生がどれだけ苦しいものになるか、考えるまでもない。

それでも彼女は恐れない。彼女を虐げる者に、決して勝ち誇らせはしない。

彼が図々しく出れば、彼女はそれ以上に図々しく返す。

辰也は弁が立つ方だが、それでも言葉に詰まるほど腹を立てた。秀才が兵に会えば、道理は通じぬ。まさにその通りだった。

まるで死を恐れぬ敵に出くわした兵のように、彼は言葉を失った。

若菜は彼との口論を続けたくなく、淡々と言った。「用がないなら、休ませていただきます」

今日は一日中歩き回って、本当に疲れた。ただ、早くお風呂に入って休みたいだけ。

寝室に戻った若菜は、服を脱いでキャミソールのパジャマに着替えると、そのままバスルームへと向かった。

バン!突然、誰かが勢いよくドアを開けた。

辰也が無表情のまま、ドアの前に立っていた。若菜は眉をひそめ、冷たく言った。「礼儀ってものがないの?入る前にノックくらいできないの?」

男の漆黒の瞳が、若菜のキャミソール姿をじっと見つめる。その瞳の奥に、色が一層深まるような闇が宿った。

若菜の肌は牛乳のように透き通るほど白く、ほのかに書物の香りが漂っていた。

彼女の体は細く華奢で、その姿からは繊細な美しさがにじみ出ていた。

キャミソールの襟元はやや深く、彼女の柔らかな曲線がそっと覗いていた。

そんな若菜は魅惑的で、男なら誰しもが彼女を見ると心に邪念が浮かんでしまいそうだ。

辰也はあの夜の若菜の初々しさと美しさを思い出し、突然、下腹部がぎゅっと締まり、体の中に熱い炎が燃え上がるのを感じた。

思わず彼は若菜に二歩近づいた。若菜は欲望に満ちた彼の目を見て、警戒しながら四歩下がった。

「何をするつもりなの?辰也さん、私たちが交わした契約を忘れないで!」彼女は慌てて彼に警告した。あの夜のようなことが再び起こるのを、心の底から恐れていた。

あの夜は、彼女にとってまるで悪夢のようで、深い傷となった。

この一生で、二度とあんな思いはしたくなかった。

辰也は口の端をほんの少し持ち上げ、妖しい笑みを浮かべた。「俺が、お前に何をしようとしていると思う?」

「じゃあ、一体何のために入ってきたの?私はもう疲れたの。だから、さっさと寝るわ」

「若菜、お前は俺の妻だってことを忘れたのか?寝るなら、俺と同じ部屋で寝るべきだろう」

若菜は急ぎながらも毅然と言った。「私たちは契約を結んだの。私が同意しなければ、あなたに私を強制する権利はないわ」

辰也は少し邪悪に笑みを浮かべ、悪意のこもった口調で言った。「お前が俺と一緒に寝たからって、必ずしも触るとは限らないんだぜ」

必ずしも触れないと言っても、それが絶対ではないということだ。

若菜が彼の言葉の意味を理解できないはずがなかった。

結局、男女が同じベッドで寝れば、何も起こらないとは誰も保証できない。

若菜は決して馬鹿ではない。だから、彼と同じ部屋で寝るような愚かなことはしない。「結構よ。私はここで寝るわ。リサをあなたと一緒に寝かせたらどう?」

「嫉妬してるのか?」と辰也は問い返した。

若菜は冷静に首を振った。「嫉妬なんてしていないわ。あなたの女はリサでしょ?彼女をあなたと一緒に寝かせればいいのよ」

辰也の表情が急に曇った。彼女の言葉が耳に刺さり、不快感を隠せなかった。

「お前は俺の女じゃないとでも言うのか?!若菜、忘れるな。お前の最初の男は俺だ。今もお前は俺の妻だ。永遠に、俺の女であることに変わりはない!」

あの件を蒸し返さなければまだ我慢できたが、それを口にした瞬間、若菜の怒りが爆発した。

彼女は無関心な目で辰也を見つめ、皮肉を込めて笑った。「ごめんなさいね、あの夜のことは犬に噛まれたくらいに思っておくわ。もし私があなたに処女を奪われたからといって、あなたの女だなんて思っているなら、それは大きな間違いよ!」

「お前!」辰也は怒りをこらえ、細長い目をさらに細めて、危険な光を放った。