第52章

冷泉辰彦は目を開け、低い声で言った。「葉野言寛の考えか？息子の側に男性秘書を置いて、安全で信頼できるようにし、それから金持ちで地位のある、釣り合いのとれた縁談相手を見つけるとか？」

「葉野社長のお考えのようです、冷泉社長」

冷泉辰彦は目を細めた。「好きにさせておけ、井上千雪に手を出さなければいいだけだ」実は彼の心の中には、少しばかりの喜びがあった。彼はもともと千雪と葉野宿白を引き離そうと思っていたが、葉野言寛が彼の代わりにそれを実現してくれたのだ。

井上千雪というこの小さな女性、昨夜の彼女の涙はあまりにも本物だった。彼に罪悪感を抱かせ、まるで本当に彼が彼女を傷つけたかのようだった。

「冷泉社長」助手が続けて言った。「大奥様から先ほどお電話があり、すぐに会社に来られるそうです」

「おばあさんが来る？」冷泉辰彦は眉間にしわを寄せ、頭が痛くなる思いだった。「何の用事だと言っていた？」もし彼の予想が間違っていなければ、きっと昨夜のことについてだろう。今回は、直接問い詰めに来たのだ。

「大奥様は、こちらに寄るついでだとおっしゃっていました」

「わかった、下がっていいよ」彼は手を振り、少しの静けさを得ようとした。井上千雪、おばあさん、そして何か企んでいる西川若藍、この三人の女性が彼の平穏な生活を乱し、彼をイライラさせていた。

10分後、秘書が喜色満面の松本秀子を連れてきた。西川若藍も側に付き添っていた。

「辰彦、若藍がちょうど病院から健康診断の結果を受け取ってきたの。これが彼女の妊娠報告書よ、見てごらん」入るなり、松本秀子は報告書を差し出し、老いた顔に喜びが隠せなかった。

「子供もできたことだし、辰彦、結婚の日取りを決めなさい」

「あ…」秘書が熱いお茶をテーブルに置こうとしたとき、突然この言葉に驚き、手の中のカップが跳ねて、カチャリと音を立てた。冷泉社長が結婚するだって？火星が地球に衝突するよりもショッキングなニュースだわ。

彼女は冷泉辰彦と西川若藍の間を意味深な目で見回し、心の中でほくそ笑みながら出て行った。後で、この衝撃的なニュースを友達に教えなければ。

彼女が出て行くと、冷泉辰彦は報告書を机の上に強く投げつけ、冷たい目を細めた。「西川若藍、あなたは本当に大したものだ。偽の報告書を持ってきて騙そうとするなんて！」