第57章

彼は千雪の制止とおばあさんの激怒を無視し、金を奪うと病室から飛び出した。彼の服の裾をつかむことしかできなかった千雪は、彼の腕に弾かれ、廊下の壁に激突して目まいがした。

「くそっ!目の見えないやつが、さっさとどけ!」正面から現れた堅固な肉の壁にぶつかってよろめいた井上草永は、顔も上げずに罵声を浴びせた。

この状況では、むしろ彼が目を利かせず相手にぶつかったというべきだろう。ただ、彼が痩せこけていて、急いで歩いていたため、反動で一歩後退しただけだった。

冷泉辰彦のハンサムな顔は、すぐに厳しく冷たい表情になった。彼は千雪についてここまで来て、彼女が病室に入ると、受付の看護師から病室の状況を聞いていた。

そこで初めて、この小さな女性が彼女のおばあさんをここに連れてきて、数日前に肺がんのマイクロカテーテル治療を受けさせたことを知った。