第61章

そして、千雪が応答する間もなく、口調を和らげ、寝椅子に横たわる婦人に軽く頭を下げて言った。「奥様、今からお部屋にお連れしましょうか?外は風が出てきましたので、冷えるといけません。」

千雪は眉をひそめ、この看護師が何を言っているのか理解できなかった。彼女はただ通りかかっただけなのに、どうして事故の話が出てくるのか、この看護師は言い過ぎではないだろうか。しかし寝椅子の婦人を見ると、長いまつげがパチパチと動き、看護師に部屋に戻るよう合図していた。疲れたようだった。

「かしこまりました、奥様。今すぐお連れします。」寝椅子を少し持ち上げ、看護師は千雪に警告の目を向け、婦人を押して去っていった。

訳が分からない表情の千雪が残され、呆然と見つめていた。彼女はただこの婦人の悲しみに心を動かされただけなのに、なぜ虫けらのように避けられなければならないのか。花の蔓の下に立ち、彼女は不思議なことに通りがかりの人々から同情の視線を受けていた。

まあいい、これはただの小さな出来事に過ぎない、気にする必要はないのだ。おばあさんのことが最優先ではないか?そう思い、唇を引き締め、彼女はおばあさんの主治医の診察室へと急いだ。

しかし、この婦人は本当に彼女と縁があるようで、彼女が気にしないようにしていても、おばあさんを部屋に連れ戻す時、親切な銀髪で肌の綺麗なおばあさんが自ら事情を教えてくれた。

実は先ほどの神秘的な美しい婦人は、神戸市全体で名高い冷泉家の長男の妻、鈴木青葉だった。神戸市の市長の愛娘で、美しさと静かな佇まいで知られ、求婚者は数え切れないほどいた。

30年前、鈴木青葉が冷泉家の長男、冷泉敏陽と結婚したことは、当時大きな話題となった。新聞の一面、芸能ニュース、インターネットなど、あらゆるメディアがこの美しい出来事を報じた。ビジネス界と政界の結婚、王子と姫の結合は、まさに百年の美談だった。

しかし天には測り知れない風雲があり、人には禍福が一日のうちにある。15年が過ぎ、皆がこの幸せな夫婦がずっとこのように愛し合い続けると思い、彼らへの注目が薄れかけた時、突然、鈴木青葉が転落事故に遭ったというニュースが伝わった。

冷泉邸の4階の屋上から誤って転落し、全身の骨を折ったという。一命は取り留めたものの、目だけが動かせる全身麻痺の人となってしまった。