「どうぞお座りください。」
羽柴悠真は、大小の荷物を手に提げている夏目冬美を自分のオフィスに招き入れた。
先ほど、夏目冬美は車から降りたばかりで、まだ宏立グループの玄関に入る前だったが、羽柴悠真が出てきて、路肩に停まっている黒い車に向かって歩いていくのを見かけた。
彼は事前にネットで羽柴の写真をよく調べていたので、一目で彼だと分かり、すぐに追いかけた。羽柴悠真が午前中の仕事を終え、これから昼食に出かけるところだと知ると、自ら食事をおごると申し出た。
羽柴悠真は単純な人物ではなく、日頃から多くの人を見てきた目利きで、夏目冬美が裕福な人間ではなく、自分の顧客になり得る人物でもないことを一目で見抜いた。
これだけの荷物を持って訪ねてきたからには、何か頼みごとがあるに違いない。頭の中で、どこの遠縁の親戚なのかと考えたが、思い当たらなかった。羽柴家の事業はすでに三代目に渡っており、もし田舎に隠れた親戚がいたとしても、とっくに駆け寄ってきて出世していたはずだ。今になって発見されていない親戚がいるはずがない。