薄い霧の中

「お姉さん、もう諦めなさい。口もきけない女が産んだ子を、神城家が認めるわけないでしょ」
愛人は片方の肩をあらわにして、彼女を玄関の外へと閉め出した。

彼女は神城家の「名ばかりの若奥様」。
だけど、その実態は――笑い者のような人生だった。

声を失った彼女は、神城家に恥をかかせる存在とされ、
夫である神城連真は、一度たりとも彼女を「妻」と認めたことがなかった。
それどころか、毎晩ベッドサイドに離婚届を置いてくる始末。

一千万円の小切手――
彼女は黙って署名し、その代わりに自由を手に入れた。

だが、数年後。
再び再会した彼は、子供を連れて彼女を追いかけながら言った。
「霧島咲姫、俺に…まだチャンスはあるか？」

復縁の長い道：口のきけない妻は可愛すぎる

霧島咲姫は彼の強がった顔を見て、心の中で苦さを感じたが、それ以上留まることなく先に立ち去った。


退社時間になると、神城連真は予想通り、メッセージを送ってきた。


なぜか、霧島咲姫は心が温かくなるのを感じた。彼女はよく知っていた、神城グループの仕事がどれほど忙しいかを。しかし彼女が神城家に戻ってからというもの、神城連真は仕事を全て神城家に持ち帰るようになった。


会議もそこで行われていた。


そして神城文弥が神城家を訪れる回数も明らかに増えていた。


彼女の目には笑みが浮かんでいて、それを彼を見送ろうとしていた朝霧翔真に見られてしまった。


朝霧翔真は足早に近づき、彼女の背中を軽く叩いた。「咲姫、研究開発部のあの件だけど、一条尭が大きな進展があったと言っていたよ。機器はすでに部署に送られて、おそらく明日には到着するだろう」


第145章 ずっと私の良い友達

第145章ずっと私の良い友達