24時間の世話人

卓田越彦は彼女のぺちゃくちゃと弁解する声を聞いていると、耳が気持ち悪くなってきた。「黙れ、うるさいぞ」

鈴木音夢はすぐに口を閉じ、それ以上話す勇気もなく、ただじっと卓田越彦を見つめているだけ。

この男は、ただそこに横たわっているだけでも、その天下を統べるようなオーラは、軽々しく動けないほど人を圧倒している。

しばらくして、その男は少し不満げな低い声で命じた。「いつまでほっておく気だ?」

鈴木音夢はその指示を受けると、急いでこの偉そうなお坊ちゃまを支え、丁寧に起こした。「おじさま、食事をされるのですね?はい、私が取り分けます」

テーブルに置かれた食べ残しの料理は、きれいだった外見まで壊されたため、鈴木音夢は少し後ろめたさを感じた。

幸い今の卓田越彦は何も見えない。彼女は自分自身に誓った、明日は必ず卓田越彦が食べ終わってから、自分は食べると。

卓田越彦は食欲があまりないので、本当に数口食べただけだった。

しかし鈴木音夢はこれで目標は達成できたと思った。事実はどうあれ、とにかくこの食事に卓田越彦も参加したから、彼女はほっと一息ついた。

ただ、卓田越彦があまりにも少食だったので、彼女はつい眉をひそめた。「それだけで十分なの?」

そのとき、林執事が電話を持って入ってきた。「お坊ちゃま、ご主人からのお電話です」

卓田越彦は不機嫌そうに電話を受け取った。「どうした?」

「林執事から聞いたぞ。今日はついに食事をしたそうじゃないか。私がこれだけ金をかけた甲斐があった。越彦よ、今回の占い師は実に凄腕の方だったぞ。彼の意見でこの永崎城の多くの令嬢の中から、鈴木家のお嬢様を選んだんだ。君が回復したのも、彼女との運命に恵まれたからだ。それにな、彼女の曾祖父とうちの曾祖父は昔、義兄弟の契りを交わしていたんだ。つまり、彼女は君の義理の姪にあたる。彼女には丁寧にしろよ、前の看護師たちのように扱うな。そうでなければ、誰が君の面倒を見てくれる?君は…」

卓田正修が言い終わる前に、卓田越彦は電話を切った。年を取ると、無駄話が多くなるものなのか?

鈴木音夢は横に立っているが、かすかに聞こえた声で、卓田越彦の父親からの電話だと分かった。

彼女はもちろん余計な一言も言う勇気はなく、自分が見つかることさえ恐れている。

突然、卓田越彦という人の皮をかぶった悪魔がまた口を開いた。「姪っ子よ、俺、風呂に入りたいんだ!」

鈴木音夢は彼に「姪っ子」と呼ばれると、気持ち悪さを感じた。今の口調だと、どうも悪意があるように思えた。

あの悪魔が風呂に入りたいなんて、彼女はつい背筋を凍った。どういう意味だろう?彼女に風呂を手伝わせるつもりなのか?

鈴木音夢は機転を利かせ、突然良い言い訳を思いついた。「あなたの傷はまだ治っていないから、水に触れられないわ。そうしないと炎症を起こす恐れがあります」

「もう一度言う。風呂に入りたい」

「先生も言ってたわ、激しい運動は控えないと。お風呂に入るなら浴室に行かなきゃいけないし、相当に激しい運動になりますよ」

「黙れ、風呂に入りたいって言ってんだ!また口答えしたら、今すぐ窓から投げ捨てるぞ?」

なんて暴力的な人だ。これで鈴木音夢は困った事態に陥り、林執事に助けを求めるしかなかった。

しかし、林執事は彼女を全く助けてくれず、ただお坊ちゃまに従えばいいと断り、彼の言葉は絶対命令だと言った。

鈴木音夢は歩み寄り、諦めてため息をついた。「その傷はまだ包帯を巻いたばかりですよ、お風呂なんか止めておいて、体を拭いてあげるのはどう?お風呂で洗ったのと同じくらい綺麗にしてみせます」

鈴木音夢は何も言わない彼を見ていると、この傲慢なお坊ちゃまも同意してくれたと思った。

「林さん、今後俺の衣食住はすべて姪っ子に任せた。彼女の荷物もこの部屋に運んでくれ、24時間もそばに置きたいから」

林執事は笑みを浮かべながら入ってきた。今回のお坊ちゃまは珍しくも、世話人を追い返そうとしなかった。「お坊ちゃま、ご安心ください。今すぐ鈴木さんの荷物をこの部屋に運ばせます。24時間もお坊ちゃまのあらゆる世話をできるよう手配します」

鈴木音夢は「24時間の世話人」という言い方を聞くと、気分が悪くなった。

彼女には父親が卓田家から大金を受け取ったことを知っている。それは彼女をまるごと卓田越彦に売り渡したも同然だ。

しかし、卓田越彦は変態だから、いつ彼女を壊してもおかしくない。

それなのに、夜まで彼と同じ部屋で寝るなんて、悪夢そのものだ。

しかし、この事は鈴木音夢が決めることではなかった。この屋敷の人は皆、卓田越彦の言葉を従うだけの存在だ。

彼女のスーツケースはすぐに使用人によって運び込まれた。

その後、数人のメイドが女性用の服をたくさん持ってきた、中には女性用品まで含まれている。必要なものはすべて揃った。

「鈴木様、他に必要なものがあれば、遠慮なくおっしゃってください」

林執事は今や鈴木音夢に対して、口調もずっと良くなってきた。今の彼女はお坊ちゃまの女になったからだ。

「林さん、他の者は追い出せよ。俺の命令なしに、誰も勝手に入ってくるな」

「かしこまりました、お坊ちゃま。今すぐ出ます」林執事はかなり安心している。あの娘がいてくれるだけで、お坊ちゃまの運命は変わり、体もきっと良くなるだろうと信じてたからだ。

使用人たちが去った後、自分の将来の生活は、この男と過ごすことになると思うと、鈴木音夢は不安になった。

以前、執事から聞いていたが、卓田坊ちゃまは潔癖症で、他人に触られるのを嫌がるとのことだった。

だから、彼の世話をしに来たすべての看護師も、彼に追い出されたのだ。

彼女は不思議に思った。プロの看護師なら、彼女よりもっと細かく世話をしていたのではないだろうか?

鈴木音夢は勇気を振り絞って彼に近づいた。「おじさま、それでは今からお湯を汲みに行きますね。少しお待ちください」

しばらくして、鈴木音夢はお湯を持って出てきた。「お湯の準備ができました。それでは…まず上着を脱がせて、ここに座っていただけますか」

こんな風に初対面の男性に近づいたのは、鈴木音夢にとっても初めてなので、とても緊張している。

卓田越彦は意外と協力的で、すぐに上着を脱いだ。

彼の6つに割れた腹筋を目にしたら、鈴木音夢は頭が真っ白になり、思わず口走った。「あら、きれいな腹筋ですね、しかも6つも」

卓田越彦は口元を少し引き締めた。「ああ、きれいに拭いてくれ。匂いが残るのは嫌いだ」

鈴木音夢はその言葉で我に返り、自分があまりにも恥知らずだったと感じた。彼の美しさに惑わされそうになったなんて。彼女は急いで熱いタオルを絞り、少しずつきれいに拭いた。

彼の体にはまだ血の跡が残っている。彼女は傷を避けながら慎重に、彼の腕を引っ張り、上から下へとゆっくりと拭いた。

彼女は彼のすぐそばにいる。消毒液の匂いをたくさん嗅いだせいか、彼女の体からの香りが一段と自然に感じた。

おまけに、彼女の柔らかい手が、彼の体中を触り続けている。

そう思うと突然、卓田越彦はなぜか喉が渇いだように感じた。