片桐陽向が去ると、秘書デスクの空気がずっと軽くなり、森川萤子は長く息を吐いた。
江川淮はおしゃべりだった。
実は、あの日駐車場で彼らは会っていたのだが、当時の状況が混乱していて、森川萤子は彼が運転席に座っていることに全く気づかなかった。
だから……
彼は彼女が片桐陽向に強引にキスし、逆に片桐陽向に強引にキスされる過程を全て目撃していたのだ。
なんて運命的な縁だろう!
「あの日、僕はびっくりしたよ。社長がきっと君を潰すだろうと思ったのに、まさか……」
江川淮はおばさんのような笑みを浮かべた。「みんな社長のことを清浄な仏子の生まれ変わりで、愛も欲もないって言ってるのに、あの日君を椅子の背もたれに押し付けて強……」
「江口補佐!」森川萤子は彼が耳が熱くなるようなことを言い出しそうで、急いで彼の言葉を遮った。「片桐社長は先ほど熱いお茶が足にかかって、少しやけどをしたみたいです。やけど薬を買ってきてあげてください。」