片桐美咲は久保海人の表情が一瞬こわばるのを見て、不満げに声を上げた。「おばあちゃん、約束したじゃない」
神崎静香は少し眉をひそめた。「女の子は慎み深くあるべきよ。そうしてこそ尊敬されるのよ」
片桐美咲は足を踏み鳴らした。「おばあちゃん、私は慎み深くないわけじゃないわ」
「なら黙っていなさい」神崎静香はそう言うと、彼女の手を振りほどき、主席の一人掛けソファに座った。
片桐美咲は神崎静香が久保海人を困らせるのではないかと心配し、心の中の不満を抑えて、久保海人の前まで早足で歩み寄り、彼の手を引いた。「おばあちゃんが座るように言ってるわ。ここに座りましょう」
片桐美咲は久保海人を引っ張って神崎静香の右側のソファに座らせ、使用人を呼んでお茶と軽食を出すよう指示した。
一通り手配した後、彼女は神崎静香の険しい表情を見て、心配になり始めた。
「おばあちゃん、おじいちゃんとお父さんたちはいつ帰ってくるの?」片桐美咲は尋ねた。
神崎静香は手の中の数珠をくるくると回しながら、久保海人を観察し始めた。久保海人には裕福な若者特有の軽薄さがなく、控えめながらも品格のあるスーツ姿で、ハンサムな顔立ちと優雅な雰囲気を持っていた。片桐美咲が彼に夢中になるのも無理はなかった。
「久保さんはいつ離婚されたの?」神崎静香は開口一番、急所を突いた。
片桐美咲は心臓が跳ねるのを感じ、すぐに久保海人を見て、目配せした。
彼らが戻る前、片桐美咲は家族が久保海人にこの質問をするだろうと予想し、彼に二人が知り合う前に離婚したと言うよう頼んでいた。
久保海人は神崎静香の視線に応え、老婦人の表情は冷淡だったが、その目は鋭く輝いており、誤魔化せそうにないと感じた。
彼は正直に答えた。「先日です」
片桐美咲は目を見開き、怒って久保海人を睨みつけた。「私たち約束したじゃない…」
彼女の言葉は久保海人に遮られた。「美咲、この件については申し訳ない。君がクラスメイトから指を指されるようなことになって、私の至らなさだった」
片桐美咲は一瞬呆然とした。
あの日事件が起きて、学校中の生徒から「不倫相手」と罵られても、久保海人は彼女に一言の優しい言葉もかけなかった。
片桐美咲は心の底から感動し、これが久保海人の愛の表れだと感じた。