森川萤子は着替えの服を一組簡単に用意し、ノートパソコンも背負った。
橋本月香は夜に接待があり、ちょうど一緒に出かけて、彼女を空港まで送ることになった。
白いフォルクスワーゲンの車内で、橋本月香は運転しながら森川萤子を見ていた。
「急に神戸市に行くことになったのは、前に国境に行ったのと同じ理由なの?」
森川萤子は拳を握りしめ、顔を向けて橋本月香を見た。
橋本月香の時間はほとんど仕事と上司に占められていたが、二人が一緒にいる時間は多くなくても、お互いの友情は少しも減ることはなかった。
「違うわ」
森川萤子が国境に行ったのは、突然森川千夏が自分の息子だと知り、途方に暮れて国境に行き、何か思い出して若松様の言葉に反論しようとしたからだった。
しかし、何も思い出せなかった。
橋本月香は前方の道路状況を見つめながら言った。「萤子、もし私にできることがあれば、必ず言ってね。私の力がどんなに小さくても、全力で助けるから」
森川萤子の目が熱くなり、笑いながら言った。「月香、安心して。私、絶対に遠慮しないから」
橋本月香は安心し、森川萤子を空港まで送り、彼女がターミナルに入るのを見送ってから車で去った。
彼女が去るとすぐに、黒いセダンが道路脇に停車した。
車の中の人が双眼鏡を持ち、ターミナルの透き通ったガラス窓を通して、搭乗券を手続き中の森川萤子を見ていた。
しばらくして、その人は双眼鏡を下ろし、電話をかけた。
「久保社長、森川萤子が神戸市に行きました」
久保義経は顔を曇らせ、「誰か彼女につけろ。どんな方法でもいい、USBメモリを森川萤子の手に渡してはならん」
「はい」
電話を切ると、久保義経は「パン」という音を立てて携帯をデスクに叩きつけた。
森川萤子が木村の老母と連絡を取るとは、彼の予想外だった。
さらに予想外だったのは、木村という男が会社の重要書類を密かにバックアップしていたことだ。
それらの書類が森川萤子の手に渡れば、白沢グループがどうなるかはわからないが、彼自身は確実に終わりだった。
だから、USBメモリは絶対に森川萤子の手に渡してはならない。
久保義経の目が鋭くなった。森川萤子がどうしても余計なことに首を突っ込むなら、彼も徹底的にやるしかない。