246 私を恋しく思う?

小さな町の宿泊施設は限られていたが、片桐陽向はそれを気にしていなかった。彼は窓際のベッドに座り、窓の外の特に深い夜を見つめていた。

江川源は忙しく立ち回り、お湯を沸かして片桐陽向にコップ一杯を差し出した。

「社長、水を飲んでください。唇が乾いて割れていますよ」江川源は片桐陽向を見て、なぜか胸が痛んだ。

先ほど城壁での片桐陽向の反応が、彼を心配させていた。

片桐陽向はコップを受け取った。湯気が立ち込め、彼の表情は寂しげに見えた。

「座って休みなさい。一日中動き回っていたんだから」片桐陽向は淡々と言った。

江川源はベッドの端に座り、片桐陽向の視線の先を窓の外に向けた。「社長、この場所に何か記憶はありますか?」

片桐陽向は首を振った。「あまり記憶にない」

江川源は振り返って彼を見つめ、少し躊躇いながら尋ねた。「さっき城壁のところで、何か思い出したんじゃないですか?」

「ぼんやりとした映像が目の前を一瞬過ぎただけで、まだ思い出せない」

それらの映像が組み合わさって示す事実は、彼の心を震わせた。

江川源は言った。「ゆっくりでいいですよ。焦らなくても、いつか思い出せますから」

片桐陽向は頭を下げ、グラスの表面を指でなぞりながら、悲しげな口調で言った。「知らぬが仏というじゃないか。もう思い出さない方がいいのかもしれない」

江川源はハッとした。

彼の心の中で、片桐陽向は不屈で万能な存在だった。まるでこの世に彼が恐れるものなど何もないかのように。

いつから、彼がこんな臆病で脆い姿を見せるようになったのだろうか?

「社長、もし思い出したくないなら、すぐに引き返してもいいですよ」

片桐陽向は苦笑した。「せっかく来たんだから」

彼は簡単に退くような人間ではなかった。たとえ真実が彼を新たな苦しみに陥れるかもしれないと薄々感じていても。

江川源は口を開きかけたが、どう諭せばいいのか分からなかった。

片桐陽向は水を置いて立ち上がった。「君は洗顔して寝なさい。私はちょっと外を歩いてくる」

江川源は驚いて慌てて立ち上がった。「社長、宿の主人が夜は外出しないようにと言っていましたよ」

「大丈夫だ」片桐陽向は淡々と言った。

江川源はまだ心配そうだった。「では一緒に行きます」