藤原景裕の車は村上念美が乗ったタクシーと安全な距離を保ち続け、村上念美が無事に村上家に入るのを確認してから、藤原景裕は助手に車を発進させるよう指示した。
助手は藤原景裕の引き締まった冷たい顔が窓の外を見つめるのを見て、まるで氷に覆われたような彼の様子に、言いかけては止める様子だった。
実は藤原さんは明らかに村上さんを気にかけているのに、村上さんの前では無関心を装い、冷たく振る舞っているだけなのだ。
……
村上念美が村上家に戻ると、村上翔偉が彼女を待っていることに気づいた。
村上念美が帰宅するのを見て、ソファでお茶を飲んでいた村上翔偉は急いで近づき、「念美、顔色が悪いけど、どうしたの?」と尋ねた。
「大したことないわ」
疲れた表情の村上翔偉を見て、村上念美は口元に微笑みを浮かべ、自ら「お父さん、病院にいないでどうして帰ってきたの?」と尋ねた。
「お父さんは心配で……」
村上念美は言葉に詰まった。村上翔偉の目には期待の色が満ちていて、明らかに彼女が良い知らせを持ち帰ることを待っていた。
「私は大丈夫よ」
「うん、それで景裕はなんて言ってた?」
村上翔偉が核心に触れると、村上念美は美しい瞳の中の暗さを押し隠し、自ら「ねえ、お父さん。私がやるって言ったらちゃんとやるよ。信じてくれていいのに」と言った。
「それならいいんだ。お父さんは彼を家に招いて食事でもと思っていたんだ」
村上翔偉は独り言のように言い、老いた様子を見せた。
「念美、お父さんは病院に戻るよ。お兄さんとお母さんも病院にいるから、お父さんは心配だ。もし警察から安子の情報があったら、教えてくれ」
「わかったわ」
村上念美はうなずき、村上翔偉を見送った。
村上翔偉が去った後、村上念美は自分の体調を気にする余裕もなく、急いで車を走らせて村上氏へ向かった。
村上氏は今、指導者不在で混乱状態にあった。村上翔偉は気にかける余裕がなく、大学で経営管理を専攻していた村上念美が自ら重責を担うことになった。
村上念美が会社に到着すると、秘書から一束の辞表を受け取った。
「お嬢様、これは昨日村上氏の社員から新たに提出された退職願いです。合計32通あります」
「うん、わかったわ。置いておいて」
「かしこまりました」
「小林銀行、みずほ銀行、杉本銀行の頭取への電話はつながった?」
村上氏の巨大な資金繰りの穴を埋めるため、村上念美は複数の銀行から借り入れて状況を緩和する必要があった。
「全然つながりません。そちらの秘書に電話したところ、出張中だそうです」
「そう」
村上念美はうなずき、頭痛を感じて眉間をさすりながら言った。「彼らは明らかに私たちを助けたくないのね」
「闇市場から借りるのはどうですか?」
「だめよ、リスクが高すぎる……うまくいかなければ、すべてを失うことになる」
村上念美は手を振った。だから、唯一の希望は藤原景裕にかかっていた。藤原氏の資金力だけが村上氏を危機から救うことができるのだ。
「ではお嬢様、どうすればよいでしょうか?」
村上念美は手を握りしめ、美しい瞳に暗い光が走った。
「大崎市総合病院の婦人科外来の予約を取ってください」
「あ……はい……」
秘書は驚いたが、冗談を言っているようには見えない村上念美の様子を見て、急いで退出して準備に取り掛かった。
……
一週間後。
村上念美は一週間かけてあちこちで壁にぶつかり、助けを求めたが、門前払いされた。
村上氏の名前を聞いただけで皆の表情が変わり、誰もが落ち込んだ者を蹴落とそうとするばかりで、手を差し伸べる者はいなかった。
村上念美は藤原景裕の行方を注意深く追っていたが、藤原景裕がフランスに出張したと聞かされた。
フランスと言われたが、藤原景裕の航空券を調べたところ、空港には藤原景裕の出国記録は一切なかった。
村上念美はわかった……
藤原景裕も彼女を避けていたのだ。
村上念美は強引に結婚を迫る決意をし、藤原景裕が会わないとしても、心は随分と落ち着いていた。
ただ、藤原景裕を脅すのは、虎に手を出すようなもの……
自分が無傷で逃げ出すことはできず、火に飛び込む蛾のようなものだった。
……
二週間後。
午後6時、藤原氏の退社時間に、村上念美は車を藤原氏のビルの下に停め、藤原景裕に電話をかけた。
電話がつながるまでしばらくかかり、ようやく藤原景裕が電話に出た。
「村上念美、もう諦めたかと思っていたよ」
「ええ、確かに諦めたわ。だから、藤原さん、今回はあなたに助けを求めるのではなく、お知らせしたいことがあるの」
「言ってみろ」
「電話では言いにくいわ。会って話しましょう。藤原氏のビルの下で待っているわ。必ず会いましょう」
ツーツーツー……
村上念美は先に電話を切り、目の前の検査報告書に視線を落とし、美しい瞳を細めた。
10分後、藤原景裕が村上念美の車の前に現れた。村上念美は息を止め、ゆっくりと車から降りて藤原景裕の前に歩み寄った。
藤原景裕は非常に背が高く、身長は190センチ近くあり、それに比べると村上念美の166センチの身長はかなり低く見えた。
村上念美は体にフィットするビジネススーツを着ており、細身で、キャリアウーマンらしい機敏さを漂わせていた。
村上念美はゆっくりと手元の書類入れを藤原景裕に差し出し、唇を引き締め、魅力的な笑みを浮かべた。
「藤原さん、おめでとう。あなたはお父さんになるわ。私は妊娠したの、妊娠4週目よ」
藤原景裕は手を伸ばして書類入れを受け取ることはせず、深い眼差しで目の前の女性を見つめ、問い返した。
「俺を嵌めてるのか?」
村上念美:「……」
村上念美の表情が微妙に変わった。藤原景裕の反応は本当に速かった。
村上念美は表情をコントロールし、顔を上げて藤原景裕を見つめ、明るく魅力的な様子で言った。
「ええ、初めてじゃないわ。一度目は初心者、二度目は慣れたものよ」
藤原景裕:「……」
村上念美は唇を上げ、続けて言った。「それじゃあ、はっきり言うわ。藤原景裕、私と結婚して……」
「知っているでしょう、村上家は資金繰りに困っていて、大崎市を見渡しても、あなた以外に私を助けられる人はいないわ」
藤原景裕は村上念美の言葉を聞き、黒い瞳を細め、威圧的な雰囲気を放った。
「何を根拠に俺がお前の思い通りになると思っている?」
「うん、藤原大旦那様は伝統的な考え方の持ち主よね。もし婚前妊娠のことがメディアに知られたら、藤原家にとっては大スキャンダルになるわ。だから、藤原さんは賭けたくないでしょう?」
村上念美は一気に、心の中で準備していたセリフを言い切った。
藤原家は大崎市では権力の代名詞であり、藤原家の権力は軍と商界の両方に及び、どちらも並外れた影響力を持っていた。
藤原景裕は若い頃に軍に入隊し、特殊部隊のエリートとして輝かしい戦功を挙げていた。
藤原景裕:「……」
藤原景裕の黒い瞳はますます深く、奥深くなった。
「いいだろう、お前の望み通りにしよう」
村上念美はついに自分が期待していた答えを聞き、安堵の表情を浮かべた。