ずっと自分の思考に浸っていた森川記憶は、これが今夜髙橋綾人が言った最初の言葉かどうかは確信できなかったが、彼女が彼から聞いた最初の言葉ではあった。
四年前から、森川記憶は髙橋綾人が素晴らしい声を持っていることを知っていた。彼の容姿に劣らないほど良い声だったが、今日のように彼の声が特別に心地よく感じたことはなかった。彼女はそれが、彼の口から出た言葉によるものだと知っていた。
場所を変える...ついにここでの食事会が終わるのだ...彼女もついに言い訳をして離れることができるのだ...
森川記憶の緊張した感情は徐々に緩み始め、さっきまで長い間ぼんやりしていた彼女も、個室での会話に耳を傾ける余裕ができた。
髙橋綾人の言葉を聞いて、林田雅子は素直に頷いた。「いいわよ」
髙橋綾人はそれ以上何も言わず、手を上げてウェイターを呼び、会計を頼んだ。ウェイターが伝票を取りに行っている間に、彼はようやく口を開いた。「ゴールデングローリー?」
「ゴールデングローリー」は京都で有名な高級店で、今夜の「玉華台」よりもさらに格上だった。テーブルの周りの人々は興奮して目を輝かせた。
林田雅子は自分の感情をうまく隠し、相変わらず甘くて柔らかい声で言った。「いいわよ」
髙橋綾人はまた黙った。
ウェイターはすぐに伝票を持ってきた。彼は金額を見ることなく、すぐにサインをした。
林田雅子は髙橋綾人ともっと話したかったようで、少し考えてから話題を見つけて口を開いた。「高橋さん、知ってる?うちの森川記憶、歌がすごく上手いのよ」
突然林田雅子に名前を出された森川記憶は、指先が震え、背中が思わず硬直し始めた。彼女の目は無意識に髙橋綾人が座っている方向をちらりと見た。
髙橋綾人はサインした伝票をウェイターに渡し、冷淡に椅子に戻った。彼の表情は波一つない平静さで、まるで林田雅子の口から出た「森川記憶」という名前が、ただの文字を組み合わせただけのものであるかのようだった。
そうだ、四年前のあの出来事は、彼女にとっては印象深く生涯忘れられないものだったが、彼にとっては酔った勢いでの過ちに過ぎなかった。四年も経った今、彼はおそらくすでにあの過去の夢を忘れ、森川記憶という名の少女が初めてを彼に捧げたことも、彼がその森川記憶という少女に言った残酷で傷つける言葉も忘れてしまったのだろう。
林田雅子は髙橋綾人が自分の話に乗る気がないと見るや、森川記憶の方を向き、先ほどの話を続けた。「記憶、この前新しい歌を覚えたばかりでしょ?後でゴールデングローリーに着いたら、みんなに聞かせてね」
林田雅子の要求はそれほど厳しいものではなく、普段なら森川記憶は断らなかっただろう。しかし今夜は髙橋綾人がいる...森川記憶は視線を向け、林田雅子と目を合わせた。髙橋綾人がいるせいで、彼女の声は少し小さくなっていた。「ごめん。あまり調子が良くないから、学校に戻って休みたいの。」
「記憶、どこが具合悪いの?それに、もうこんな時間だし、一人で帰るのも危ないわ。だから私たちと一緒に...」林田雅子の引き止める言葉がまだ終わらないうちに、隣に座っていた髙橋綾人が立ち上がった。彼は森川記憶と林田雅子の会話を完全に無視し、「行くぞ」と一言残して、先に個室の出口へ向かって歩き始めた。
林田雅子は個室の出口で消えかけている髙橋綾人の背中を見つめ、それから森川記憶を見た。残りの言葉は言わず、バッグを手に取り、急いで後を追った。
個室にいた人々は皆「ゴールデングローリー」の様子を一目見たいと思っていた。彼らは簡単に森川記憶を二言三言引き止めたが、彼女が本当に行く気がないと分かると、皆一斉に散っていった。