寮の門の前には、この道しかなかった。
夕食の時、髙橋綾人の態度は彼女が誰なのか忘れてしまったかのようだったが、森川記憶はそれでも髙橋綾人と顔を合わせたくなかった。ましてや今の彼女は雨に濡れてずぶ濡れになり、惨めな姿になっていた。だから髙橋綾人が振り向いた瞬間、森川記憶は反射的に顔を街灯の柱にぴったりとくっつけた。
最初、髙橋綾人は遠くにいたので、森川記憶はこっそりと彼の方を見て、どこまで歩いているか確認していた。しかし髙橋綾人が彼女に近づくにつれ、森川記憶は彼に気づかれるのを恐れ、息を殺して、全く動かなくなった。
雨音が大きく、森川記憶は髙橋綾人の足音をまったく聞くことができなかった。ただ心の中で時間を推測し、おそらく4、5分ほど経ったと思われる頃、その時間があれば髙橋綾人が十分遠くに行ったはずだと確信し、やっと安堵のため息をつき、急いで冷たい街灯の柱から離れ、寮の入り口へと走り出した。
しかし彼女が数歩走ったところで、突然その場に立ち止まった。
彼女は目の前約2メートル先にいる髙橋綾人を見つめ、頭が少し混乱した。
彼は行ったはずじゃなかったの?もう数分経ったのに、なぜまだここにいるの?
森川記憶は幽霊でも見たかのように、目を大きく見開いた。
髙橋綾人はおそらく誰かが自分を見ていることに気づき、少し顔を横に向け、森川記憶が立っている方向を見た。
視線が交わった瞬間、森川記憶は本能的にまぶたを伏せ、髙橋綾人の視線を避けた。彼女の視界の端で、髙橋綾人の手に携帯電話が握られ、画面が点灯し、通話中の状態であることがはっきりと見えた。
だから彼がまだここにいるのは、電話がかかってきたから?
森川記憶の頭の中の推測がまだ固まらないうちに、髙橋綾人の冷たく淡々とした声が聞こえてきた。「何かあったら、戻ってから電話するから、その時に詳しく話そう。」
その後、髙橋綾人の指先が携帯の画面に触れ、電話を切った。続いて、森川記憶の視界の端で、髙橋綾人が足を上げるのが見えた。
彼女は髙橋綾人に自分の惨めな姿を見られたくなかったが、偶然にも彼は見てしまった。彼女にはどうすることもできなかった。
彼が本当に彼女のことを忘れたのか、それとも単に彼女に関わりたくないのかにかかわらず、彼が彼女に挨拶する意思がないなら、彼女も厚かましく話しかける必要はなかった。
森川記憶はその場に3秒間立ち、そして足を上げ、寮へと歩き始めた。
彼と彼女はまるで全く関係のない他人のように、それぞれの道を行く。
雨はまだ降り続け、森川記憶の服からは水が滴り落ち、髪の毛は一筋一筋と首にくっついていた。
傘をさしている髙橋綾人は、安定して優雅に歩いており、ズボンの裾が少し濡れている以外は、他の部分は乾いていて清潔だった。
このような鮮明な違いに、森川記憶は頭をさらに低く垂れ、足取りもさらに急いだ。
森川記憶は平静を装おうと努力していたが、髙橋綾人と正面から出くわした時、彼女の足取りは少し乱れた。彼女が髙橋綾人から早く離れたいと思っていたため、すれ違う瞬間、足を急いで踏み出し、足元に注意を払わなかった彼女は、うっかり水たまりを踏んでしまい、足が滑り、地面に転んでしまった。
痛みと共に、森川記憶の最初の反応は後ろを振り返ることだった。
彼女の予想通り、傘をさして歩いていた髙橋綾人は、物音を聞いて足を止め、振り返って彼女の方を見ていた。