第52章 黙れ(2)

髙橋綾人がいる階に到着すると、森川記憶は玄関の前で少し躊躇してから、手を上げてインターホンを押した。

インターホンは長い間鳴り続けたが、応答はなく、自動的に止まった。

髙橋綾人は家にいないの?おかしいわね、お母さんは確かに彼に今夜来ると伝えたはずなのに……森川記憶は眉をひそめ、再び手を上げてインターホンを押した。

最初と同じように、最後まで鳴り続けたが、ドアはびくともせず閉まったままで、誰かに開けられる気配はまったくなかった。

もしかして何か急用があって、急に出かけたのかもしれない?

森川記憶は少し考え込んだ後、これでもいいかもしれないと思った。彼女は来たけど、彼は家にいなかった。お母さんには言い訳ができる。明日、宅配便で送って、その時にお母さんに授業が忙しくて、二度目に来る時間がなかったと伝えればいい……

そう考えながら、森川記憶は栄養剤を持ってエレベーターの前に戻った。彼女が手を伸ばしてエレベーターの開ボタンを押した瞬間、背後から「カチッ」という音が聞こえた。

森川記憶は体が一瞬こわばり、2秒ほど経ってから振り返った。

さっきまで髙橋綾人がしっかりと閉めていたドアが、少し隙間を開けて開いていた。

ドアを開けた人が何をためらっているのかわからないが、少し間を置いてから、ドアは完全に開かれた。

空色のパジャマを着た髙橋綾人が森川記憶の視界に入ってきた。彼の髪は少し乱れており、お母さんとの電話で言っていたように、ちょうど目を覚ましたばかりのような様子だった。廊下の光に向かって立っていたせいか、彼の顔色は少し青白く見えた。

彼は彼女を見たが、声を出さなかった。

4年前のあの出来事以来、森川記憶はずっと髙橋綾人との対面に慣れていなかった。彼に見られて、その場で不安になったが、しばらくして感情を落ち着かせ、栄養剤を持って彼の方へ歩いていった。

彼にあまり近づかず、約1メートルほど離れたところで立ち止まり、彼を見上げることもなく、栄養剤を一気に彼の前に差し出して、早口で言った。「これはお母さんが私に頼んで、あなたに渡すように言われたものよ」

森川記憶は髙橋綾人を見上げることなく、約1分ほど待ったが、髙橋綾人が受け取らないのを見て、身をかがめて栄養剤を地面に置いた。「あの……もう遅いから、私は先に行くわ」