第90章 最近元気?嘘はやめよう (10)

それは髙橋綾人が森川記憶を知って二年余りの間で、初めて彼女と一緒に下校して帰る日だった。

髙橋綾人が午後に竹田章を捕まえて学校のグラウンドで森川記憶に土下座して謝らせたことが、髙橋余光の耳に入り、髙橋綾人と森川記憶が小区に入るとすぐに、髙橋家の門前で待っていた髙橋余光を見かけた。

髙橋綾人と並んで歩いていた森川記憶は、足早に髙橋余光の前に駆け寄り、澄んだ声で呼びかけた。「余光お兄さん」

髙橋余光は森川記憶に軽く微笑み、手を伸ばして彼女のカバンを受け取り、それから髙橋綾人を見た。彼は筆談ボードを持っておらず、ただ髙橋綾人に後ろの髙橋家を指さした。

髙橋綾人は、兄の意図が「中で話そう」ということを理解し、軽く頷いて、大股で二歩前に進み、髙橋余光の手から森川記憶のカバンを取った。「兄さん、僕がやります」

髙橋余光は拒まなかった。

髙橋綾人は表情を変えずに森川記憶のカバンを背中に投げ、急に二歩前に進んだ。後ろの二人が彼の表情を見えないことを確認してから、森川記憶のカバンを背負ったことで口元を緩めた。笑いの幅が大きかったため、午後に竹田章たちと喧嘩したときについた顔の傷が痛み、冷たい息を吸い込み、しばらく顔をしかめた後、彼と彼女の二つのカバンを背負って、堂々と扉を押し開いた。家に入って靴を脱ぐとき、彼は目の端で彼女のピンク色のカバンを見て、再び笑みを浮かべた。

その夜、髙橋余光が髙橋綾人の傷の手当てをし、森川記憶はそばで手伝いをした。

髙橋綾人は一人で竹田章を探しに行ったが、竹田章の側には五、六人いた。彼は一人で数人と戦い、栄光ある勝利を収めたが、ひどい傷も負った。

髙橋余光は心配そうに見て、髙橋綾人に薬を塗りながら、思わず筆談ボードに「痛い?」と書いた。

当時の髙橋綾人は若く傲慢で、愛する女の子の前でヒーローを演じたいという一心で、どんなに痛くても少しも表に出したくなかった。だからベッドに伏せていた髙橋綾人は、髙橋余光のこの言葉を見たとき、一方では指先でこっそり太ももを強く摘みながら、一方では出来る限り軽い口調で頭を振って答えた。「痛くない」

髙橋綾人の薬の処置が終わったのは、すでに夜の10時だった。

森川記憶のおばあさんが彼女を迎えに来て寝るように促し、階下で高橋お母さんと話していた。