学校を出た森川記憶は、道端に立ってタクシーを待っていた。そのとき、一台の車が学校の門から出てきた。今日は休日だったため、学校前の道路は特に混雑していた。その車が彼女のそばまで来たとき、前方の車両が急ブレーキをかけたため、この車も急停止した。
タイヤが地面と摩擦して鋭い音を立てると、森川記憶は本能的にスマホの画面から顔を上げ、目の前の車を一瞥した。
外観から、それがアウディだとわかった。彼女はあまり気にせず、再び頭を下げてスマホを見続けた。
約1分ほど経ったとき、目の前のアウディの助手席の窓が下がり、何かが中から飛び出してきた。それは彼女のそばを通り過ぎ、ちょうど近くのゴミ箱に落ちた。
森川記憶は驚いて、まずゴミ箱を見た。消された煙草の吸い殻だった。それから振り返って、目の前の車を見た。
渋滞の間に、車は少し前に動いていた。彼女の視線は窓を通して、車内を見ることができた。
黒いコートを着た男性が運転席に座り、手に煙草を挟んで口元に運びながら、ライターで火をつけていた。
揺れる炎の光が、森川記憶がよく知っているその美しい顔を照らし、魅惑的に見せていた。
彼女は彼の横顔をしばらく見つめた後、ハンドルを握る彼の手首に目を落とした。そこにある赤い紐が、はっきりと目に入った。
フォーシーズンズホテルでの不愉快な別れ以来、これが髙橋綾人と初めて会う機会だった……
あの出来事から20日以上経っていたが、森川記憶は彼を見て、思わず唇を噛んだ。
煙草を口から離した髙橋綾人は、誰かが自分を見ていることに気づいたのか、静かに顔を向け、煙の向こう側から窓越しに彼女を見た。
森川記憶は髙橋綾人の手首の赤い紐から視線を上げたところで、彼の目と偶然にも出会ってしまった。
彼女の背筋がピンと伸び、スマホを握る指先が少し硬くなった。
髙橋綾人はここで森川記憶に出会うとは思っていなかった。彼の目には明らかに驚きの色が過ぎった。そして彼女がタバコの匂いを嫌うことを思い出し、考えるまでもなく本能的に、たった今火をつけたばかりのタバコを手で消した。