第270章 公正はなく、あなたが間違っていて彼女が正しいだけ(10)

佐藤未来は地面にしゃがみ込み、ピンセットとはさみを持って、すぐに髙橋綾人の手のひらに残っていたガラスの破片をきれいに取り除いた。

それから、佐藤未来は綿球を数個つまみ、アルコールを染み込ませて、髙橋綾人の手のひらの傷口の消毒と薬の塗布を始めた。

彼女の一連の動作は流れるように滑らかで、傍らに座って携帯電話で仕事の話をしていた菅生知海は、ふとした瞬間に彼女の指先の動きに目をやると、すぐに注意を引かれ、佐藤未来の素早く忙しく動く白く細い両手を見つめ始めた。

佐藤未来が髙橋綾人の傷口を簡単に包帯で巻き終え、救急箱を片付け始めるまで、菅生知海の視線は彼女の指先から袖に沿ってゆっくりと上がり、彼女の顔に落ち着いた。

整った顔立ち、白くて柔らかな肌、静かな表情...どう見ても心地よい姿だった。

菅生知海は思わずしばらく注目していたが、手のひらの携帯電話が「ピンポンピンポン」と鳴り続けるまで、ようやく視線を戻し、頭を下げて再び仕事に取り掛かった。

「手を水に濡らさないように気をつけて、この軟膏はここに置いておくから、薬を塗るのを忘れないでね」と物を片付けながら、佐藤未来は立ち上がり、救急箱を持ちながら髙橋綾人に静かな声で言った。

髙橋綾人は軽く「うん」と返事をしたが、何も言わなかった。

佐藤未来は小さな声で「さようなら」と言い、歩き出した。

彼女が菅生知海の傍を通り過ぎる時、菅生知海は思わず携帯の画面から顔を上げ、佐藤未来を見た。

佐藤未来は菅生知海の視線に気づいたかのように、彼の方を見た。二人の視線が交わったとき、佐藤未来は逃げることなく、堂々と礼儀正しく菅生知海に向かって軽く微笑み、彼の傍を通り過ぎ、落ち着いた足取りで髙橋綾人のスイートルームを出て行った。

ドアは閉まらず、部屋には菅生知海と髙橋綾人の二人だけが残った。

菅生知海はしばらく携帯電話で仕事を続けてから、ようやく携帯を置き、頭を回して髙橋綾人を見た。

男は姿勢よくソファに寄りかかり、頭を後ろに傾け、天井を見つめて何かを考えているようで、少し物思いにふけっているように見えた。

菅生知海は髙橋綾人をじっと見つめて二度見たが、何も言わずに立ち上がり、近くのバーカウンターに歩いていき、赤ワインを一本開け、二杯注ぎ、ソファに戻って、そのうちの一杯を髙橋綾人の前に置いた。