髙橋綾人は視線を佐藤未来に向けた。「すまないね」
佐藤未来は秘書のように髙橋綾人に無理強いせず、軽く頷いて、医療キットを抱えて髙橋綾人のスイートルームを出た。
……
佐藤未来が来たとき、森川記憶は髙橋綾人が持ってきた夕食を食べ終えたところだった。彼女が立ち上がって片付けようとしたとき、ノックの音が聞こえた。
ドアを開けると佐藤未来がいて、森川記憶は一瞬驚いた後、ドアから離れて佐藤未来を招き入れた。
彼女は佐藤未来に座るよう促しながら、テーブルに向かい、まず食べ残した食事を片付けようとした。
佐藤未来は医療キットを置くと、彼女の行動を見て、数歩近づき、彼女より先に手際よくテーブルをきれいに片付けた。
森川記憶は腰に怪我をしていたため、佐藤未来ほど素早く動けず、彼女に向かって「ありがとう」と言うしかなかった。
佐藤未来は森川記憶に微笑みかけたが、何も言わず、集めたゴミを持ってドア近くに置き、それから洗面所に入って手を洗い、出てきてから森川記憶に声をかけた。「もう一度傷を確認させてください」
「はい」森川記憶は返事をして、急いで服を開き、佐藤未来が包帯を巻いた腰の部分を露出させた。
佐藤未来は近づいて、注意深く傷を確認し、問題ないことを確認した後、森川記憶の傷に新しい薬を塗り、包帯を巻き直した。そして数日間は水に触れないよう注意し、医療キットを片付け始めた。
森川記憶は、これが佐藤未来が帰る合図だと分かった。
以前、佐藤未来が彼女に電話をかけて『三千の狂い』の撮影チームに誘った時以外、彼女との接点はほとんどなかった。夕方に傷の処置をしてもらったばかりで、明日また薬を交換しに来るのが普通だろうが、数時間しか経っていないのに来たのは…
森川記憶は唇を噛み、佐藤未来が医療キットを片付け終わり、立ち去ろうとしているのを見て、急いで声をかけた。「佐藤さん…」
佐藤未来は黙ったまま、医療キットを持って正面に立ち、静かな目で彼女を見つめ、続きの言葉を待った。
森川記憶は下唇を噛み、さっき聞こうとしていた質問をした。「もしかして…彼があなたに来るよう頼んだの?」