森川記憶は目を大きく見開き、頭の中が一瞬真っ白になった。まるで急所を押さえられたかのように、その場に凍りついていた。
彼女にキスしたのは男性だった。しかし、それは蜻蛉が水面に触れるような一瞬の接触で、彼はすぐに彼女の唇から離れた。
森川記憶は突然のキスに少し呆然としていた。彼女がまだ我に返らないうちに、男性の唇は彼女の耳元に移っていた。
周囲の環境はやや騒がしかったが、森川記憶は願いの鐘の音、周りのひそひそ話、男女のキスの甘い音の中でも、男性がまるで内緒話をするように、わざと最小限に抑えた、まるで息で発せられたような声をはっきりと聞き取ることができた。「実は俺、悪くないんだ。試しに俺のこと好きになってみない?」
男性の言葉が終わった瞬間、彼の唇は森川記憶の眉間に触れた。
彼の唇は柔らかく温かく、彼女の眉骨に約1秒間留まり、口からかすかなため息が漏れた。まるで時間が短すぎることを残念がるような、または離れがたいような。
次の瞬間、彼は森川記憶の額から唇を離し、素早く彼女の手首を放して、二歩後ろに下がり、群衆の中に消えていった。森川記憶はその場に一人取り残され、まだ我に返っていなかった。
鐘の音が止み、灯りがついた。
暗闇から明るさへの不快感に、森川記憶は眉をしかめた。そして初めて気づいたのだ。先ほど消灯した5秒間に、見知らぬ男性に盗まれたキスを。
彼女は無意識に目を開け、周囲を見回した。
誰もが自分のことに忙しく、誰も彼女にキスしたようには見えなかった。
もしかして先ほどのは幻覚だったのだろうか?
森川記憶はそう考えながら、手を上げて唇の端に触れた。そこにはまだ男性の唇の温もりが残っていた。
つまり、あの5秒間に確かに誰かが彼女のそばにいたのだ……
残念ながら、そのキスはあまりにも短く、彼女も朦朧とした状態だったため、キスした人がどんな雰囲気を持っていたのか全く気づかなかった。
「記憶ちゃん?何をぼんやりしているの?上に行くわよ!」願いの鐘が終わり、人々が散っていく中、階段に向かって二、三歩歩いた山崎絵里は、森川記憶がまだその場に立ったままなのを見て声をかけた。
森川記憶は返事をして、山崎絵里のいる方向に向かって二歩ほど歩いたが、突然、願いの鐘が鳴った5秒間に、あの男性が彼女に言った言葉を思い出した。