第315章 『方圓數里』(5)

彼女は自分の胸を何度も撫でていた。しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した。

トイレから出て、ホールに戻ると、髙橋綾人はもうKVTの大画面の前にはいなかった。一人の女優と男優が『広島の恋』を二重唱していた。

森川記憶は視線を巡らせ、山崎絵里と山田薄荷を探していると、窓際で菅生知海と田中白と一緒に立っている髙橋綾人を見つけた。

彼の姿には先ほど歌っていた時の深い感情の動きはもうなく、普段通りの冷たさと孤高さだけがあった。

田中白と菅生知海はかなり親しいようで、二人は熱心に話し、時折笑顔を見せていた。髙橋綾人はまるで彼らの話を全く聞いていないかのように、彼らが最も大きく笑った時でさえ、眉一つ動かさなかった。

彼は手に細長いグラスを持ち、時々口元に運んでいた。その姿は気品があり、目を引いた。

若い頃の彼と比べると、今の彼はもっと味わい深くなっていた。落ち着きの中に妖艶さを帯び、まさに女性にとって最も致命的な毒薬だった……森川記憶が髙橋綾人を見つめ、心の中でそう評価していると、彼は誰かに見られていることに気づいたかのように、彼女の方へ少し顔を向けた。

森川記憶は髙橋綾人に視線を捕まえられるのを恐れ、急いで目をそらし、山崎絵里と山田薄荷を探し続けた。

視界の端で、ふとした瞬間、髙橋綾人の視線と触れ合った。一秒にも満たない視線の交差だったが、森川記憶の呼吸はまた乱れ始めた。

森川記憶は慌てて呼吸し、深呼吸し、さらに深呼吸した。そして山崎絵里と山田薄荷を見つけた時、ようやく息ができるようになった。

彼女は二人に向かって歩きながら、心の中で不思議に思った。本当に奇妙だ、髙橋綾人は酸素を遮断する機能でも持っているのだろうか?なぜ今夜は、彼を見るたびに、なぜか息苦しくなるのだろう?

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山崎絵里と山田薄荷は特別に髙橋綾人に招かれて森川記憶の誕生日を祝いに来ていた。明朝、彼女たちは京都に戻らなければならず、森川記憶は遅くまで残ると二人が朝起きられなくなって飛行機に乗り遅れるのを心配し、10時に彼女たちをホテルに連れ戻した。

森川記憶が洗面を済ませてベッドに横になった後、山崎絵里はトイレに行き、山田薄荷は電話がかかってきたので廊下に出て電話を受けていた。