彼女は自分の胸を何度も撫でていた。しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した。
トイレから出て、ホールに戻ると、髙橋綾人はもうKVTの大画面の前にはいなかった。一人の女優と男優が『広島の恋』を二重唱していた。
森川記憶は視線を巡らせ、山崎絵里と山田薄荷を探していると、窓際で菅生知海と田中白と一緒に立っている髙橋綾人を見つけた。
彼の姿には先ほど歌っていた時の深い感情の動きはもうなく、普段通りの冷たさと孤高さだけがあった。
田中白と菅生知海はかなり親しいようで、二人は熱心に話し、時折笑顔を見せていた。髙橋綾人はまるで彼らの話を全く聞いていないかのように、彼らが最も大きく笑った時でさえ、眉一つ動かさなかった。
彼は手に細長いグラスを持ち、時々口元に運んでいた。その姿は気品があり、目を引いた。