第312章 『方圓數里』(2)

「方圓數里」という歌は、森川記憶も聴いたことがある、とても情感豊かな歌だ。

髙橋綾人の声はとても美しいが、声質はどちらかというとクリアで冴えている。彼が歌い始める前、森川記憶は彼がこの歌の感情を表現できるのか少し疑問に思っていた。

しかし彼が実際に歌い始めると、森川記憶は自分の疑いがいかに愚かだったかを知った。

彼は音程が正確なだけでなく、繊細な感情表現もこの歌のオリジナル歌手に劣らなかった。

森川記憶だけでなく、室内にいる全ての人々が次々と髙橋綾人に注目し始めた。

部屋は静まり返り、彼の美しい歌声以外の音は聞こえなかった。

髙橋綾人は目を伏せ、目の前の人を見ることなく、ただ自分の歌に専念していた。

前半を歌い終えると、間奏がやや長かったので、彼は少し姿勢を変え、しばらく待ってからマイクを再び口元に持っていった。「抑圧されそうな気がする、無理しても意味がない、僕はそれほど自己中心的ではない、そしてますます分別がつくようになった、君を愛するのは僕だけの問題だ……」

「君を愛するのは僕だけの問題だ」というフレーズが唇から流れ出ると同時に、髙橋綾人はふと、あの夜菅生知海から電話があった場面を思い出した。彼はあの夜の悲しみ、罪悪感、そして自分自身を激しく責めて頬を叩いた自責の念を思い出した。

その時、彼は初めて知った。彼女を愛することは、彼一人だけの問題だということを。

「君が望まない世界にいるくらいなら、いっそ君を忘れてしまった方がいい、この道理は誰もが分かっている、簡単だと言うけれど、愛し抜いた後でも強がるしかない。」

4年前、大学受験が終わったら彼女に告白しようと思っていた彼は、行動に移す前に、自分が彼女の望む世界ではないことを知った。

彼は嫉妬し、怒り、諦めきれず、傲慢にも思った。彼女が好きな人が自分でないなら、いっそ潔く、二人の関係をこのまま断ち切ってしまおうと。彼が痛み、彼女も痛む結末を。

彼と彼女はそのように不仲のまま別れることになった。彼は彼女との物語がこれで終わったと思っていたが、彼女が名古屋を離れた後、彼は昼も夜も彼女のことを考え始めた。彼は丸一ヶ月酒に溺れ、その時になって初めて彼は完全に理解した。彼が終わったと思っていた物語は、実は「続く」という結末だったのだと。