第368章 一千本の修正液(8)

森川記憶は明らかに泥酔して意識がもうろうとしていた。自分のスマホの画面が光るのを見て、ばかみたいに笑った。「わぁ、このイケメンお兄さん、すごいね。隣のおじさんよりずっと凄いよ……」

田中白がイケメンお兄さん?自分がおじさん?

髙橋綾人は怒りで気絶しそうになった。彼は誰かに冷水を一杯持ってきて森川記憶にぶっかけたいという衝動を抑えながら、田中白を強く睨みつけた。

田中白はすでに腹を抱えて笑いそうになっていたが、髙橋綾人の殺気を含んだ視線に気づくと、笑いを必死に抑えて、真面目な無邪気な表情を装うしかなかった。

森川記憶は隣に立っている髙橋綾人の表情がどれほど険しいかまったく気づいていなかった。彼女はスマホのHOMEボタンに向かって、親指で何度も狙いを定め、ようやく画面のロックを解除した。

彼女は電話帳を開き、最近の通話履歴のリストをしばらく見つめ、ようやく「髙橋綾人」という三文字を見つけると、発信ボタンを押した。

彼女はスマホを耳に当てず、直接スピーカーフォンにした。

電話がつながると、「プルル」という音が場にいる三人の耳に届き、髙橋綾人のポケットの中のスマホも心地よい着信音を鳴らした。

彼は彼女からの電話だと分かっていたが、出ずに声をかけた。「記憶」

森川記憶は酔った目でスマホの画面をしばらく見つめ、なかなか誰も出ないのを見ると、切断ボタンを押し、再び髙橋綾人に電話をかけた。

先ほどと同じように、電話は何度も鳴ったが、依然として誰も出なかった。森川記憶は眉間にしわを寄せた。「最低!私の電話に出ないなんて!」

最低?髙橋綾人のことを言っているのか?

田中白は突然噴き出して笑ってしまいそうになり、唇を引き締め、こっそりと髙橋綾人の方を見た。

「最低」と呼ばれた男は、女の子が酔っぱらっているのを見て眉間に浮かんだ冷たさ以外に、余計な感情を表に出すことはなかった。それどころか、彼はまだ優しい声で酔っぱらった女の子に話しかけた。「記憶、僕はここにいるよ。上の階に連れて行って休ませてあげるよ。」

この世界で、おそらく森川さんだけが高橋社長を「最低」と呼ぶ勇気があるのだろう。

しかし、考えてみれば、この世界で、おそらく森川さんが高橋社長を罵っても、高橋社長が何の反応も示さないのは彼女だけだろう。