髙橋綾人がレストランに現れてから、森川記憶は首を振るか黙り込むかのどちらかだったが、この時ようやく彼の言葉に同意の反応を示した。彼はまるでこの世で最も美しい景色を見たかのように、眉の端に喜びの色を浮かべ、まるで森川記憶がすぐに気が変わるのを恐れるかのように、すぐに振り返って「田中白」と声をかけた。
田中白は髙橋綾人と森川記憶から少し距離を置いていたが、二人の会話はすべて聞こえていた。髙橋綾人に呼ばれると「今すぐシェフを呼んできます」と答え、すぐに食堂の厨房へ向かった。
田中白はすぐにシェフを連れて髙橋綾人と森川記憶の前に戻ってきた。
シェフは髙橋綾人の指示に従い、森川記憶に向かってメニューを読み上げ始めた。「カイランの湯通し」
森川記憶は泣きはらした目を持ち上げたくなかったので、うつむいたままでいた。彼女の頭の中は昨日の番組収録で起きたことでいっぱいで、何を食べたいかなど考える余裕はなかった。シェフが読み上げたメニューに対して、なかなか反応を示さなかった。
シェフは森川記憶が欲しいのか欲しくないのか分からず、次のメニューを読み上げることができなかったので、髙橋綾人の方を見た。
髙橋綾人はしゃがみ込み、少しうつむいている森川記憶の顔を見上げながら、シェフが先ほど読み上げたメニューを繰り返した。「カイランの湯通し、食べたい?」
森川記憶は髙橋綾人の声を聞いて顔を上げ、彼を一瞥してから首を振った。
髙橋綾人もシェフに向かって首を振り、要らないという意思を示した。
シェフは引き続きメニューを読み上げ、それぞれのメニューは髙橋綾人が森川記憶に繰り返した後で、彼女が選択をするという形だった。
時には森川記憶はすぐに頷いたり首を振ったりすることもあれば、長い間反応を示さないこともあった。
彼女の反応が早かろうが遅かろうが、髙橋綾人はいつも非常に忍耐強く待っていた。シェフは心の中では急いでいたが、それを表に出すことはできず、ただ横に立って付き合うしかなかった。
昼食の注文だけで、丸々30分以上もかかってようやく決まった。
シェフは森川記憶が注文した料理名を改めて読み上げ、間違いがないことを確認すると、まるで解放されたかのように、急いで厨房へ戻っていった。