第569章 深い愛と彼との、思いがけない出会い(29)

髙橋綾人はビルから出てきたが、すぐに車に乗り込まずに、車の横に立ち、タバコを一本取り出して火をつけた。

煙の向こう側から、彼は顔を上げ、森川家の灯りがついている窓を見上げた。

一本のタバコを吸い終えても、髙橋綾人は車に乗る様子を見せなかった。

森川記憶はおそらく寝室に戻ったのだろう、リビングの明かりはすべて消えていた。彼はまだ同じ場所に立ち、少しも動こうとしなかった。

車の中で待っていた田中白は時間を確認した。もう午前1時近くになっていた。高橋社長はこの寒い夜に、もう2時間以上も立ち続けている。このまま立ち続けたら、風邪をひいてしまうのではないだろうか?

そう思い、田中白は窓を下げた。「社長」

髙橋綾人は彼の声が聞こえなかったかのように、依然としてそこに立ち尽くし、まるで彫像のようだった。

田中白はもう一度「社長」と呼びかけ、ドアを開けて車から降りた。

田中白が髙橋綾人の側に来たとき、髙橋綾人は少し顔を横に向け、彼を一瞥したが、何も言わず、ポケットからもう一本タバコを取り出した。

田中白は知っていた。髙橋綾人が黙り込めば込むほど、気分が最悪であることを。彼はこれ以上声をかけて邪魔することなく、ただ横に立ち、黙って彼に付き添った。

タバコの香りが、冬の深夜に、冷たい風とともに、ゆっくりと漂っていった。

タバコが半分ほど燃え尽きたとき、髙橋綾人が突然口を開いた。「田中、俺、少し怖いんだ」

本当に怖かった。

この人生で、彼は初めてこのような恐怖を感じていた。

その夜、彼と田中白は本来ある会食に参加する予定だったが、出発しようとしたときに山崎絵里からのメッセージを受け取った。森川記憶と森川叔母さんがエステサロンで記者に囲まれている現場の生中継だった。

その瞬間から、彼は少し怖くなっていた。

彼は一方で田中白にすぐにエステサロンへ向かうよう指示し、もう一方で警察に連絡した。