結局、林薫織はその黒い財布を買った。デパートを出たとき、氷川泉から電話がかかってきた。
「どこにいる?」
「グローバルデパート」
「今から迎えに行くよ」
「いいえ、自分で地下鉄で帰ります」林薫織はさらりと断った。
電話の向こうで一瞬沈黙があり、そして男性の冷たい声が響いた。「わかった、気をつけて帰れよ」
「うん」
電話を切ると、巻島一也が近づいて尋ねた。「氷川社長からの電話?」
林薫織がうなずくのを見て、巻島一也はさらに聞いた。「あなたと氷川社長の間に何か誤解があるの?あなたの彼に対する態度が...冷たいように見えるけど」
林薫織の瞳の色が変わった。純粋な巻島一也でさえ彼らの間に問題があることに気づいたのだから、彼女は愛人としてあまり役割を果たしていないようだ。
「私と彼の間は...」林薫織は言いかけたが、言葉を飲み込み、巻島一也を見上げて小さな声で言った。「一也、あなたの目には、私はどんな人に見える?」
「あなたね、どう言えばいいかな。最初の印象はとても冷たいけど、でもそれは本当のあなたじゃないような気がする。冷たい外見の下に、別のあなたがいるような気がするの。ただ、その本当の自分をあなたはしっかり抑え込んでいる。でも、なぜか、あなたを見ると、もう一人の自分を見ているような気がするの。私にはなんとなく、あなたは骨の髄まで私に似ているような気がする。純粋で、自由で、そして命がけの頑固さがある」
林薫織は少し驚いた。巻島一也が言ったその人物は、まさに5年前の自分だった。自分がたった二度しか会ったことのない女性に見透かされるとは思ってもみなかった。
彼女は突然、巻島一也が純粋で優しいけれど、決して愚かではないことに気づいた。彼女の心は透明だった。
彼女は目の前の女性をじっと見つめ、初めて心から友達になりたいと思った。しかし、自分のような人間にそれは相応しいのだろうか?
「一也、実は私と氷川泉の関係はあなたたちが想像しているようなものじゃないの」不思議と、林薫織は突然誰かに打ち明けたくなった。
「どんなものじゃないの?」巻島一也は目をパチクリさせて尋ねた。