第653章 私は妊娠しました

氷川泉が高橋詩織からの電話を受けたとき、少し意外だった。「高橋さん？」

「はい、私です」

「高橋さんが私に何か用事があるとは？」

「とても重要なことです。氷川さんはいつご都合がよろしいでしょうか？直接お会いしてお話ししたいのですが」

どんな用事で直接会う必要があるのだろう？

氷川泉は不思議に思いながらも、結局は承諾した。高橋詩織の希望通り、彼女のマンション近くのカフェで待ち合わせることになった。氷川泉が到着したとき、高橋詩織はすでに先に着いていた。

男は高橋詩織の向かいに座り、彼女を見上げて、落ち着いた声で言った。「午後にはまだ会議があるので、高橋さん、何か用件があれば、直接おっしゃってください」

「氷川さんはお忙しい方ですね。でもご安心ください、あなたの時間をそれほど取らせるつもりはありません」高橋詩織は回りくどい話し方が嫌いで、お互いの時間を無駄にしたくなかったので、本題に入ろうとした。

しかし、そのとき、カフェに突然の来客があった。高橋詩織も氷川泉も、久保和美がここに現れるとは思ってもいなかった。

「泉、あなたここにいたのね。さっきあなたに電話したけど、どうして出なかったの？」

氷川泉は携帯を確認すると、画面が真っ黒になっていた。そのため淡々と説明した。「たぶん電池が切れたんだ。君がどうしてここにいるんだい？」

「東川秘書があなたがここに来たって言ったから、私も来たの。本当は家であなたを待つつもりだったけど、そんなに長く待てなくて、どうしても良い知らせを伝えたかったの。ねえ、私、妊娠したのよ！」

久保和美の言葉は、そのまま高橋詩織の耳に入った。その瞬間、彼女は自分の心が何かに強く突き刺されたような気がした。

彼女は思わず向かいの男性を見上げた。彼のハンサムな顔には何の表情も見られなかったが、深い瞳の奥には千万の感情が詰まっていた。呆然としているようにも、衝撃を受けているようにも、あるいは喜びに満ちているようにも見えた。

長い間、男は何の反応も示さなかった。高橋詩織は、この知らせを聞いて、彼はきっと喜びのあまり何と反応していいか分からなくなっているのだろうと思った。