第610章 ナイトカラー

「あなたは社長との婚約を解消したの?」

松本一郎は驚きを隠せなかった。なるほど、この数日間社長の機嫌が非常に悪かったわけだ。昨日も大黒に殺し屋の処理を命じたが、あの惨たらしい光景を思い出すと、松本一郎は今でも背筋が寒くなる。

しかし、あと二日で結婚式だというのに、今まで彼らの婚約解消の知らせは聞いていなかった。一体何が起きたのだろう?

松本一郎は様々な思いを巡らせながら、重々しく口を開いた。「何があったんだ?二人はうまくいってたのに、どうして婚約を解消することになったんだ?」

「具体的な理由は複雑で説明しづらいわ。ただ彼が私を助けてくれるかどうか知りたいだけ」

「それは……」

松本一郎は何と答えていいか分からなかった。答えは明白だった。もし婚約が解消されていなければ、社長は彼女を助けただろう。しかし今となっては、彼女の頼みを聞き入れる可能性はほぼゼロだった。

「わかったわ」林薫織は突然、自分の質問がいかに愚かだったかを悟った。

彼女は暗然と目を伏せ、長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。「彼がどこにいるか知ってる?」

彼女は謝罪の電話をかけたが、彼は出なかった。メッセージにも返信がなかった。

彼は彼女を心底憎んでいるのだろう。

「高橋詩織、彼に会いに行くつもりなのか?」

「ええ」

「でも……」

「彼が私を助けてくれないことはわかってる。でも土下座してでも頼むつもりよ」

薫理は彼女の唯一の娘だ。彼女が死ぬのを黙って見ているわけにはいかない。わずかな望みでも、決して諦めるつもりはなかった。

「わかった。後で社長の居場所を送るよ」

一分後、林薫織は房原城治の居場所を受け取った。

出かける前に、彼女は暁美さんに一言伝えた。「ちょっと出かけてくるわ。薫理を頼むね。すぐ戻るから」

「はい、林さん。お嬢様をしっかりお守りします」

氷川泉が病室に戻ると、林薫織がいないことに気づき、暁美さんに尋ねた。「林さんはどこだ?」

「出かけられました。用事があるとおっしゃっていました」

「どこに行くとは言わなかったか?」

「いいえ」暁美さんは首を振った。

氷川泉は眉をひそめた。ここ数日、林薫織はほとんど一歩も離れず薫理の側にいた。よほど重要な用事でなければ、この時に離れることはないはずだ。一体何の用事で出かけたのだろうか?

……