ダニエルは息を呑んだ。リラエルという名の女性から放たれるオーラは、柔らかく、それでいて肌の奥深くまで染み込む霧のようだった。ドラケン族のエファリオンの荒々しいエネルギーとは異なり、このエリヤリの力は…静かだった。穏やかだが、脅威が潜んでいる。わずかなバランスの乱れで、それはすべてを破壊する雷嵐になり得ると感じられた。
リラエルが近づく。彼女のローブの裾は地面に触れることすらない。彼女の視線はダニエルに釘付けで、目に見えぬ何かを測っているかのようだった。彼女が右手を上げ、指を一度鳴らす。
風が止んだ。
それまで虫や木々の音でにぎやかだった森は、一瞬で沈黙に包まれる。まるで世界が息を止めたかのようだった。
「あなたの中のエネルギー……不安定ね」とリラエルが静かに言った。「古すぎる。でも若すぎる。まるで、異国の地に根を張ろうとする根のよう。」
ダニエルは唾を飲み込んだ。「何を言ってるのか分からない。僕はただ――」
「ただの人間じゃないってことよ。分かってるわ」とリラエルが遮る。「あなたはこの世界の存在じゃない。この秩序に属していない。そしてあなたの中には、本来なら再生不可能なものが宿っている。」
ダニエルは自分の手を見つめた。腕に残る水晶の傷跡は布の下に隠れていた。今や彼の中を流れるエセリオンは、もはや普通の人間のものではなかった。あの神殿の廃墟で“目覚めて”以来、すべてが変わった。他人のエセリオンの形が見えるようになり、風の中に歌を聴き、さらには……世界の痛みすら感じ取るようになった。
「君はエセリオンを知っているんだね」と彼はようやく口を開いた。
リラエルはうなずいた。「私たちエリヤリは、その均衡の引力と反発の中に生きている。私たちは魔術師でも、戦士でもない。私たちは“守護者”よ。そして、あなたのような存在が現れたなら、私たちは動く。」
エファリオンが鼻を鳴らし、銀の翼を広げる。「彼はエセリオンの網に生じた“傷”だ。放置すれば腐り、すべてを滅ぼす。」
ダニエルは彼らを見つめ、そして震える仲間たち――レンネと他の者たちへと視線を移す。彼らは皆、疲れ切っており、怯え、そして今、伝説でしか知らなかった種族たちと対峙していた。
「僕はこれを望んだわけじゃない」とダニエル。「でも……病気のように扱われるつもりもない。」
一瞬の沈黙。
リラエルはさらに一歩踏み出す。とても近くまで。ダニエルは彼女の瞳の中に、星のような細かな模様を見た。
「ならば証明して。あなたが“病”ではないと」と彼女はささやいた。
彼らは、時の流れさえ届かぬ場所へとたどり着いた。
霧の森の奥深くに、巨大な石の輪があった。苔と、淡い光を放つ花々に覆われたその場所は、まるで生きているかのようだった。ダニエルには感じ取れた――地下で脈打つ、世界の心臓のような、遅くも確かな鼓動を。
「ここが“均衡の点”よ」とリラエル。「ここには、濾過されず、導かれぬ“生のエセリオン”が流れている。それに触れる者は、真の姿を晒すことになる。」
エファリオンは石の輪の端に立ち、腕を組み、冷たい視線を向ける。「もし奴が壊れれば、それが答えだ。」
ダニエルが輪の中心へと歩を進める。空気が一気に重くなる。呼吸が詰まり、頭の中に声がささやき始める。母の声。父の声。泣いているリナの声。光の中で泣く、あの赤子の声。
エセリオンの奔流が、割れたガラスに差し込む光のように、彼の内を貫く。幻視が回り始める――燃える都市。空から落ちる多眼の怪物たち。そして、破滅の只中にひとり立つ自分。全身を深紫の結晶に覆われ、瞳は黒く光っていた。
だが、その中で……何かが抗った。
胸の奥から、小さな、だが温かい光が現れる。記憶――リナが初めて雪を見て笑った日。赤ん坊の柔らかな手の感触。レンネの疑いの眼差しが、次第に尊敬に変わっていった瞬間。それらが輝きを放ち、荒れ狂うエセリオンを編み、結びつけていく。
ダニエルは“壊れなかった”。
彼は“均衡の点”の中心に立ち続けていた。息は荒く、体は震えていたが、彼の瞳には……光が宿っていた。
リラエルは彼を見つめていた。今のその目には、冷たさではなく、驚きと好奇心が混ざっていた。
「あなたは……力を与えられた人間ではない。あなた自身が、エセリオンによって“形作られつつある何か”だわ」と彼女は呟いた。
エファリオンが一歩前に出る。「もしくは、均衡を欺く術を知っているだけの寄生体かもしれん。」
ダニエルは顔を上げ、二人を見渡す。「もし僕が脅威だと思うなら、今ここで殺せばいい。でも僕はもう逃げない。知りたいんだ――この世界に何が起きているのか。エセリオンとは何なのか。そしてなぜ……他のみんなが死んだのに、僕はまだ生きているのか。」
リラエルは目を閉じる。心の中には、今も明確な命令が刻まれていた。――均衡を脅かす異物は排除せよ。
だが、目の前の者のように、世界への問いを持つ者にどう対処すべきか……教義には書かれていなかった。
「本当に知りたいのなら」と彼女は口を開いた。「私と来なさい。“エリヤリの聖域”へ。そこでなら、答えが見つかるかもしれない。」
エファリオンが目を細める。「リラエル、それは火遊びだぞ。」
リラエルは静かに答える。「均衡とは、理解できぬものを全て滅ぼすことではない。」
ダニエルはうなずいた。「それが真実に近づけるのなら……行くよ。」
境界の霧の向こうで、新たな世界への道が開かれていた。しかしダニエルは分かっていた。この旅は、人間から逃れるためのものではなく、異形と戦うためのものでもない。
これは、自分自身と向き合う旅だった。
そして、何よりも恐ろしい問い。
もし、“均衡”こそが、本当に乱されるべきものだとしたら――?