「不満なんてないわ。この役は元々お兄さんが私のために決めたものだし、以前は台本も見せてもらえなかった。台本を読んでみたら、女四号の方が私に合っていると思ったの。
でも彼は私が松本家の令嬢だから、芸能界に入るなら女一号を演じるべきだと言ったわ。そうしないと人に見下されるって。でも私は、松本家の令嬢だからこそ。
小さな役から始めるべきだと思うの。みんなに私が自分の努力で、一歩一歩這い上がってきたと思ってもらいたいの。家族の財力で成功を買ったわけじゃないって」松本夕子は穏やかに言った。
「松本さんがそんなに心が広いとは思いませんでした。そんな心構えで芸能界で働けば、すぐにトップに立てるでしょう。松本さん、乾杯!」清水社長は賞賛の眼差しで夕子を見た。
……
橋本燃が洗面所で手を洗っていると、背後から冷たい風が吹き付けるのを感じた。鏡越しに、トイレの入り口に立っている林田笑々が、不気味な黒い瞳で自分を見つめているのが見えた。
燃は見なかったふりをして、髪を整え続けた。
「謝れ!」笑々は冷たく命令した。
「何に謝るの?私はいつ林田さんに迷惑をかけたの?」燃は振り向き、冷たい目で笑々を見た。
「あなたはあんなに大勢の前で私を売春婦だと皮肉ったわ。私がバカで気づかないと思った?
松本晴子はあなたに陥れられて、バカみたいに配信で自殺しに行ったけど、私は晴子みたいにバカじゃない。
誰かに虐められたら、十倍百倍にして返してやるわ。あなたのダメな母親が人を尊重することを教えなかったなら、私があなたの母親の代わりに人としての道を教えてあげる!」
笑々はそう言いながら素早く燃の前に歩み寄り、手を上げて燃の顔を殴ろうとした。
燃は笑々の手をひとつかみにし、冷たい目で、感情のない視線で笑々を見つめた。
「あなたの母親は家族や親を侮辱してはいけないと教えなかったの?母のことを謝りなさい」燃は冷たい目で笑々を見た。
温井時雄に数日間甘やかされた笑々は、自分が安城で最も尊い女性だと思い込み、誰も眼中にない様子だった。
時雄に捨てられた元妻など、なおさら眼中になかった。
燃から発せられる冷気に心が震えたが、それでも強がって、傲慢な顔で罵り続けた。