橋本燃に眉を描いていた高橋菜々子の動きが一瞬止まり、淡々と答えた。「そうは思わないわ!」
「まさか田中家の次男の遺児がこんなに人間らしい顔をしているなんて。でも紳士的な態度が全くなくて、あの顔が台無しね。帰ったら彼のことをしっかり調査させて、きっちり懲らしめてやるわ!」菜々子は恨みは必ず晴らすという様子で言った。
燃は淡々と菜々子の化粧を続けた。あの男が西興戦区で「生き閻魔」というあだ名で呼ばれているのは、それなりの鉄の意志と手腕があるからだ。
一人の小娘が彼の前で、何を企んだところで何になるというのか?
階下では、一つの笑い話が過ぎ去った後、人々は会話を続けていた。
人気のない隅の方。
田中黙は薄暗いテーブルの隅に座り、周囲に人を寄せ付けない冷たい雰囲気を漂わせていた。
黙に興味を持っていた女の子たちは、彼が菜々子に対して冷淡な態度を取るのを見て、一人また一人と怖気づいて声をかけることができず、ただ遠くから彼の絶世の容姿を眺めるだけだった。
高橋淮陽は小林勝を引き連れ、冷たい表情で黙の前に立った。「お前が田中黙だろうが温井時雄だろうが、俺の妹に近づくな。妹を誘惑するんじゃない!」
橋本燃があんなに離れた場所で転んだとき、彼は素早く駆けつけて助けようとした。
しかし、彼の隣に立っていた高橋夢耶が酒棚に倒れ込むのを目の当たりにした。
さらに、彼の体を支えようとした菜々子を突き飛ばしたのだ。
女性を近づけさせないのに、唯一燃だけは例外という男が、温井時雄でないはずがない。淮陽はどんなに言われても信じなかった。
しかも、彼は目の調整以外は、すべての気質、外見、雰囲気が時雄とそっくりだった。
二人の人間がここまで似ているはずがない。
燃はようやくあの苦しい時期から抜け出したところだ。
彼は誰にも燃の心を再び傷つけさせるつもりはなかった。
「淮陽の言うとおりだ。お前が誰であれ、燃に近づくな。燃は俺の将来の嫁だ」小林勝は敵意むき出しで黙を見つめた。
南部戦区にいる勝は、よく黙の戦績について耳にし、その度に感嘆していた。
いつも兵を配置し、陣を敷き、局面を打開する姿に拍手喝采を送るその男が誰なのか、ぜひ会ってみたいと思っていた。
しかし、多くの関係者に頼んでも、彼に会うことはできなかった。